随分と昔から、モネが描いた大作*睡蓮*の庭がある自宅、ジヴェルニーに行きたいと10年前から思い、つい最近やっと行ってきた。

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電車とバスを乗り継いでも行けるが、フランスの交通事情というのは、なかなか日本の様に便利ではないので、余計な労力を掛けないで、短時間で要点だけ見たいと言う方には、観光バスツアーはお勧めである。

バスは、パリの中心の観光会社から出ており、1時間ちょっとで、あっという間に着き、現地では自由行動で、またバスに戻ればパリまで一っとびと言う感じである。

モネの住んだ家、広大な敷地の庭、そして晩年に*睡蓮*の製作の為に特別に立てた、大きなアトリエが公開され、世界中からのモネのファンが訪れている。

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*製作中のモネ*
モネは、この敷地に45歳の時に買い、数々の名作を生み出した。中でも、睡蓮は、1898年の57歳から書き始め、1926年の86歳に亡くなるまで30年弱もの間に渡って、描いた。

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*今でも、モネの絵の世界と変わらぬ、庭が保ち続けられている。

モネは睡蓮を描く時、自分の好きな場所に睡蓮を配置したい為に、庭師にボートに乗らせて、棒で睡蓮の位置を移動させたというほど、細かい構図にこだわっていたらしい。

また、今でもこのジヴェルニーの花は、多くの庭師によって、丁寧に手入れされ、季節折々にきれいに咲かせる為、苗からビニールハウスで育てているということである。

モネの家の中には、モネの持っていた何百枚もの浮世絵のコレクションから、北斎などの、名だたる名画が展示されている。

1867年のパリ万博で晩年の徳川幕府が、フランスに初めて浮世絵を100枚展示し、それ以後ジャポニスムが大変流行した
その際に、モネ以外にもゴッホ、モロー、ゴーギャン、マネなど多くの印象派画家が影響を受けた

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現在、ボストン美術館にあるモネの*La Japonaise*(ラ・ジャポネーズ)は、1番目の妻、カミーユが着物でポーズを取っているもので、1876年の第2回印象派展に出品し、異例の高値で売れていることからも、パリでのジャポニズムへの関心の高さが伺える。
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睡蓮は、欧米で盛んに育てられているようですが、どこか日本的とも思える美しさを感じます。これは、実は京都の睡蓮です。
前述の睡蓮のブログをご覧になった方が送ってくださり、とてもきれいなので、了解を得て掲載させて頂きました。
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私は、10年ほど前に旅行でパリに来た際に、オランジュリー美術館の地下に展示されていた、大作:睡蓮を見て以来、モネがとても好きな画家となった。

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この4年間はずっと閉館となっていたが、改装工事を終えこの春から、再びオープンして話題になっている。

モネの、*この睡蓮の大作を自然光の中で見てもらいたい*という願いどおりに、1つのキャンバスが11メートル以上に及ぶこの連作を地上階の2部屋に展示している。
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その為、印象派の画家達が大切にした、光りの移り変わりを感じながら、キャンバスの微妙な色あいを楽しむことができる。

そんな自然の中に居るような空間で、人々は360度の部屋の中に展示された、朝日の光、午後の日の光、そして夕暮れの中の光をそれぞれ表現した、モネの大作に見入っていた。

モネは、この*睡蓮*のシリーズを1890年より描き始め、晩年は、白内障の手術を繰り返しながらも、失明寸前の状態で描き続けた為、どんどん絵が抽象化されていっている

また、多くの条件と共に国家に寄付することを申し出た。
その内容には、作品と観客との間に仕切りやガラスなどを設置しないことや、自分の死後にしか、展示しない。などがあり、それらは忠実に守られている。

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これは、他の絵より抽象化しているので、晩年に描かれたのではないか。

何十年にも渡って、モネが全ての精力と情熱を傾けたこの連作は、遺言のような作品ではないかと思う。だからこそ、人々の心に残るのではないかと思う。
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空はいつでも違い表情をしていて、飽きることがない。

この1週間、パリではにわか雨がざ~っと急に降る天気が続いている。
きっと、植物には丁度良いのかも知れない。

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昨日は、通り過ぎたノートルダムの裏でボサノバを演奏している、サクスフォーン、ドラム、ベースの心地よい音楽を聴きながら、ふと見上げるとこんな空をしていた。

10年前に初めてパリに来て、誰も知らなく、初めてセーヌ川の景色を見た時、
まるで*絵のよう*と思った。

しかし、考えてみると、セザンヌやモネ、その他の多くの画家が描くずっと前から、表情豊かな空があったんだなあ。と当たり前のことだが、実感したのを、よく覚えている。

オランダに居た時は、まさにレンブランドやフェルメールの絵画に現れるあの暗さ、光の少なさと同様の天気が続く。そして、大雨の前後には、それらの絵画の中に見られるような、神秘的で黒い空が広がったりして、友人と本当にこんな光景があるんだね。と話していた。

ちなみに、北海道と同じ緯度の寒~~いボストンの冬、雨か曇りが1年の7割を占めるオランダ、そこから、4時間南下した町全体が何となく灰色の建物に覆われるパリに住んでつくずく思ったが、その土地の人間性というのは、多いに天候にかかわるということである

そして、このことからも、イタリア音楽、フランス音楽そしてドイツ音楽の気質というのは、天候、人々の話している言語(どのような音を生活の中で聞き、何を美しいかと感じる感性)、そして長い歴史が多いに関係しているということを感じる。

ヨーロッパに来ると、日本のぽかぽか陽気の冬が懐かしく思える。そして、夏は、ヨーロッパのさらさらとした湿気の少ない気候を快適と感じる。

どこでも、100%パーフェクトな場所はないが、人間は不思議にどこにでも順応できる能力を持っている。

友人の間では、私はまるで遊牧民のモンゴル民族のように、本能に従って、転々と移動しているそうである。自分では、生粋の日本人のつもりだが・・・・

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夜9時ごろ、市庁舎へと続く橋にて。
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パリにはあちこちに教会がある。
リュクサンブール公園から徒歩2分のパンテオンの裏に、小さなサン・エティエンヌ・デュ・モン教会(Eglise St-Etienne du Mont)がある。
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なんでも、5世紀から建てられ始め、その後ルイ15世によって、増築されたり、カリヨン(鐘)の塔を高くしたりしている。

その為か、外見も普通の教会よりもユニークな形である。今でも、5つのカリヨンは、時間になると、昔からの音色を鳴り響かす。

余談だが、オランダのアムステルダムに住んでいた家は、小さな教会の隣で、夜中でもきちんと1時は1回、2時は2回と朝の5時だろうが、5回鳴らすのである。

 時差ぼけの時は、寝れないで居ると、1時間ごとに、カン。カン。カーン。と容赦なしに鳴る回数が増えて、もっと寝不足になってしまった。

でも、慣れると、鐘が鳴り出すと無意識のうちに数え、時計を見なくても時を知ることができる。ただし、7回だと思って、まだ寝ていたら、実は8時だったのに、始めの1回を数え忘れ、遅刻してしまった覚えもある。(笑)

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話をもどすと、このパリの教会は、5世紀に作られた、まるで絵の様にお話を伝えるステンドグラスが残っている。

また、かの有名な数学者・化学者のパスカルは1662年に、そして文学者のラシーヌが1711年にこの教会に埋葬されているという事実に、驚いた。

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そして、丁度ミサの始まり前には、オルガンからフランスのオルガン曲が流れ、神父さんが祭壇の方へと歩いていった。

今も、こうしてミサが続き、祈る人々が耐えないという長い歴史に、パリのまた違った魅力を感じた。
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セーヌ川沿いを結ぶ橋の上からは、綺麗な景色や、その橋の上で大道芸をする人たちを楽しむことができる。
また、今の季節は、夜9時半ころになって、日が沈むが毎日色々な空の表情を見ることが出来る。

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ノートルダムの裏側が見えるこの橋からの景色は私のお気に入りである。
実はこの間、オードリー・ヘップバーンの出ている映画*お洒落泥棒*を見たら、始まり5分後くらいに、オードリーが赤いオープンカーに乗って、車を止め、電話を掛けるシーンはこの背景の橋であり、思わず、画面を見て、ここ!ここ!散歩道!と感激してしまった。(何たるミーハー)

もう少し先に行くと、ノートルダム寺院があるシテ島と、サン・ルイ島をつなぐ橋がある。

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アコーディオンを弾きながらフランス語の歌を歌うお兄ちゃんと、隣でなんとモップの枝に1本のひもを繋げただけの、楽器(?!)でコントラバスの様に、伴奏していて弾いている二人が居た。何とも滑稽で、思わず、パシャリ!
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パリには、ふとした所に素敵な通り道やアーケードがある。
そのうちの1つが、ギャラリーヴィヴィエンヌだ。
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パリ中心のパレ・ロワイヤル(Palais Royal)のすぐ近くにある。

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パリに長く住むピアニストの友人が素敵なカフェがあるからと連れて行ってくれた。デザートもカフェもとてもおいしかったです。

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カフェの裏には、古書屋さんもある。

ほっと一息するには最適な空間なので、行く機会のある方にはお勧めです。
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私は、よくイギリス経由の飛行機に乗るのだが、アムステルダムに住んでいた時も、ロンドン・ヒースロー空港から飛び立ち、イギリスの大陸を離れ、海が広がりオランダの大地が見えるまで40分足らずの近さに驚かされる。

今回は、同じような短時間でイギリスー海ー北フランスを通り、パリを眺め、シャルル・ド・ゴール空港に着いた。

映像で見たほうが分かりやすいので、そのまま写真を載せます。

私はボストンに住んでいた頃から、イギリスに飛行機が入り、エスカルゴの様にうずを巻いた道路沿いに、可愛いミニチュアのイギリスらしい庭付きの家が見えると、思わず眺めてしまう。
幼少期に過ごしたウィンブルドンの家にも、バラやクロッカスの花がきれいに咲いていた。

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イギリスの家並み/houses in London

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農園の広がる北フランス。実は農業大国というのを感じさせられる/North of france( Normandie )

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パリ市内。右上にビジネス街のデフォンスと、その横に広がるブローニュの森が見える。エッフェル塔はまるでお土産の置物のようで、この写真ではよく見えない/Paris,we can see *La Defence* and the Boulogne forest on the right side.

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シャルル・ド・ゴール空港着陸の9時ごろにはようやく日が沈み始めました/I arrived at the Charles de gaulle airport around 9pm.

気が付くと、日本の家ーパリの家は24時間近くかかっていました。でも、基本的に飛行機に乗るのは好きなので、あまり苦ではありませんが、思わず*どこでもドア*が欲しいと思うこともあります。

I was in Japan for a week and came back via London.
It took about 24 hours from Tokyo to Paris( door to door)But I like traveling,so it doesn`t matter.But still too long !!
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パリは、夜になると昼とはまた一味違う魅力を放つ。

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フランス学士院とその前のPont des Arts(芸術橋)で夜景を楽しむ人達

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セーヌ川沿いの見所はライトアップされ、日の長い夏の季節は、多くの人が散歩し、友人とピクニックの様に、ワインやシャンパンと共に、軽いおつまみを持って出かける。

そして、夜12時を過ぎても、賑やかである。

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深夜12時になり、10分間のキラキラと光るエッフェル塔

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それでも、段々と日が短くなり、10時半頃まで明るかったが今では、刻々とその日照時間が短くなっている。

夕食後の腹ごなしに散歩するには、最高なこの気候と美しい夜景を、誰もが楽しんでいるのではないか。
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今日は、思いがけず初めてコメディーフランセーズで、モリエールの喜劇を見に行った。コメディーフランセーズは、1680年に建てられてから、今まで3世紀に渡って途切れることなく、パリで常に劇を上演してきたという歴史がある。

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劇場内のサロン。真ん中は、ヴォルテールの像。モリエール他、名だたるフランス作家が実際にこの地で彼らの作品を上演し続けてきた。Salon in the Comedie Francaise.There is a statue of Voltaire.

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実際にモリエールが、ヴェルサイユ宮殿に住むルイ14世やマリーアントワネットの為に、脚本を書き、当時楽長であったイタリア人作曲家のリュリと合同作業で素晴らしい演目を残した。そうした演目を実際に17世紀後半にモリエールが上演した場所で、味わえるというのは大きな喜びである。

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今日は、モリエールの喜劇から*恋のお医者様*(L`Amour medecin )とシチリア人か恋の画家(Le Sicilien ou l`Amour perintre)で、ウイットにとんだ表現やセリフにより、会場中が笑いに包まれた。

また、音楽は当時実際に演奏されていた曲を、フランスの今最も活躍しているバロックアンサンブル、レ ザール フロリソン(Les Arts Florissants)のメンバーが演奏し、舞台衣装、ダンスなど全てセンスのある、フランスらしさを感じさせる総合芸術だった。

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帰り道に寄った夜のルーブル。On the way back home,I passed musee du Louvre.

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I went to see Molier at the Comedie Francaise tonight.It was the first time for me,but I had a really good time.( laughed a lot !)
Comedie Francaise has built in 1680. Since then, it has been continuing for over three centries!! I was very impressed that we were seeing the play where Molier was actually there in the late 17th centry!And we can still enjoy their playing now.I would love to go there another time to discover more!

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A letter of Maurice Ravel /作曲家、モーリス・ラヴェルの手紙

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サン・ジェルマン デ プレ教会とセーヌ川の間の小道には、素敵なお店や、画廊そして古書を扱っている店があり、散歩をするにはとても良いコースである。

昨日、ふと古書屋さんのショーウインドーを除いたら、ラヴェルとジョルジュ・サンドの自筆の手紙がそれぞれ、隣合わせに展示されていた。

よく見ると、確かにラヴェルの楽譜などで、馴染みのある筆跡。

さすが、パリ。こうした著名人が多く居た町なのだろう。

そこから、サン・ミッシェルに抜ける、St-Andres des Arts通りを歩いていたら、色々な絵葉書を売っているお店に興味深いポストカードがあった。

数々の著名人の住んでいたパリの家の外観の写真と、それらの人々の顔写真が載っている。
驚いたのは、自宅のすぐ近くノートルダムが見える、セーヌ沿いには、画家のヘンリーマティスが住んでいたとのこと。

その他、文豪でいえば、ヴィクトル・ユゴー、バルサック、詩人のランボーやヴェルレーヌ、そして画家のピカソやカンディスキー、彫刻家のロダンに、そのアシスタントであったカミーユ・クローデル、Jazzのマイルス・デイヴィス、歌手のマリア・カラスと数え切れないほどの著名人がこの町に暮らし、通り過ぎ、多くの芸術を生み出していたようだ。

確かに、この町は自分の芸術の世界に没頭して、外に出てもその世界を妨げられることはなく、むしろその反対に、数々の歴史的建築物や絵画などから、触発されることが多い。

だからこそ、これらの著名人達もここに居を構えたのではないか。

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A letter of George Sand  ジョルジュ・サンドの手紙

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When I passed in front of the antique book shop near St-Germain des près,I saw an autograph of Ravel and Geroge Sand.I thought it happens only here in Paris.
There were so many famous people who used to live in this city.I was suprised that Henry Matisse used to live near the Notre-Dam,too.There were also Victor Hugo,Kandisky,Mailes Davis,Rodin,Picasso and Maria Caras....etc.
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