”コンサートで弾く曲がもし間違っていたら・・・・”
という音楽家には誰でも、どこでも一生に1回はありそうな間違い・・・

それが、本番のコンサート中にもし発覚したら?!
という嘘みたいな本当のエピソードがYoutubeになっているよと友達が教えてくれた。

早速見てみると・・・
本当だ!有名なピアニスト、Maria Joao Piresが真っ青・・・

どうやら、オーケストラが始まったら自分は全然違うコンチェルトを用意していた・・・と気がついたらしい。
でも、アムステルダムのコンセルトへボーという世界の名だたる舞台のランチタイムコンサートで満員・・・

ということで、彼女は指揮者に
”だって手帳には違う曲が書いてあったのも・・・”と困った顔で言っている。

指揮者のリッカルド・シャイーは”それは、去年のスケジュールでしょ”と言い、続けて全くひるまず、
“絶対に弾けるはず”なんて言って説得しながら振っている。

ということで、3~4分のオーケストラの前奏のうちに彼女は頭をくるくるとシフトさせ、オケが弾き始めた別のd-mollのmozartのピアノコンチェルトを弾き始めるのですが、出だしからその音が美しい!

これぞプロ!って言う感じですね。
最後までノーミスだったとシャイーがインタビューで言っていますが、ここまでの土壇場のハプニングはさすがに乗り越えられるのはプロ中のプロだと思います。

ピリス ブラビッシモ~~~!と思いましたね。皆さんもお楽しみください。始めm40秒リッカルドのインタビュー語に始まります。そのYOUTUBEはここからどうぞ。
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面白かったのは、ローザンヌのフォルテピアノ展示会でフォルテピアノ製作家・修復家の為に開かれた、クリストファー・クラークによりアトリエ(勉強会)です。

私も見学させて貰ったのですが、古いピアノを修復する為にモーツアルト、ショパン時代のピアノメーカーが実際に使っていた道具も再現して作って、実際に今フォルテピアノを修復する際にこの機械を使いながら作業をしているそうです。

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フォルテピアノのハンマーは現代のモダンピアノのハンマーよりもずっと小さく、素材なども天然の皮など様々で音色も繊細に変化する為、製作家は使用する素材に大変こだわります。

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現代のフォルテピアノの製作家として一番の腕利きと言われいるイギリス人(フランス在住)のクリストファー・クラークが再現して作った昔のハンマーのフェルトを付ける機械。

足にペダルがあり、そのペダルを押すと数キロ分の圧縮する重さがハンマーの部分にかかり、接着剤を付けてフェルトを付けます。接着剤も昔は全て天然素材のにかわを使用していました。今でも楽器制作、ヴァイオリンなどの板を合わせる時に使用されています。

にかわは牛の皮や骨から作られ、短時間で接着でき木材に良くなじみます。修理の時には熱を加えると容易にはがせるので楽器制作に今でも良くしようされています。

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また、チェンバロの響板(弦が張ってある楽器の内側)に描かれている絵等も、昔は絵の具の粉と”卵の黄身”を混ぜ合わせて描いていました。

今の油絵の具よりも、仕上がりがふわっと軽い感じでべたっとしていなくエレガントな印象です。昔の人の知恵は、現代の私達が忘れた技術や工夫がもり沢山の為、多くの製作家は修復されていないままのチェンバロ等を研究し、どういう素材とテクニックで“幻の音”を作りだしたか知ろうと多くのコレクションや美術館を回ったりしています。

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Mozartの持っていた5オクターブの現在ザルツブルクのモーツァルト博物館に保存されているフォルテピアノのコピー。Robert Brown作。

この楽器は、本当に繊細で指先のミリの感覚をキャッチして音色に表現できる、数少ない私がとても気に行ったフォルテピアノです。

d0070113_22464915.jpgMozartのピアノのコピー(ワルターモデル)しっぽの方の形がユニークです。いわゆるキラキラっとした音というより、“古い”何とも言えない音色を持っています。派手なモダンピアノが好きな人には物足りない・・・という感じがするかもしれませんが、チェンバロなど古い音に慣れている人には身近に感じるかもしれません。

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6オクターブのRosenbergerのコピー(Robert Brown作)。この間イギリスのフィンチコックスで見たRosenbergerとあまり変わらないモデルです。オリジナルに比べてかなり明るい、新しい音がします。

6オクターブあると、モーツァルト、ベートーベンの後期、1曲シューベルトなどをプログラムに入れたい時にも1台で弾けて便利ですが、モデル的には本当はグラーフなどの他のモデルがあれば理想ですが、現実的にコンサートで1曲の為に2台目を用意するというのは大変なので、そういう時には便利かもしれませんね。

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おまけ。デザートに食べたプロフィトロールがおいしかった!シュ―クリームの中にバニラ、カフェ、いちご、タピオカのアイスが入っていて、暖かいホットショコラをかけて食べます。あ~~幸せ!

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8月にミラノでお会いしたアンドレア・レステッリとチェンバロ製作者のダビット・レイ

ダビットの楽器は最近知ったのですが、クリストフ・ルセの楽器がモントンの音楽祭にわざわざパリから車で7,8時間?かけて運ばれたのですが、本当に良く鳴ります!

良いチェンバロとはこんなに鳴るものか!と思うくらい。家に帰って自分の楽器を弾いたら何か鳴らない様な気がしてしまうほどダビットの楽器は素晴らしいですね。

今週も、彼の他の楽器を持っているムッシューのお宅へ伺い、弾かせて貰いました。鍵盤、響板から、装飾、金箔を張るのも全部1人でやるので1台に1年半ー2年かかるそうで、今までに20台くらい作ったそうですが、本当に名器ですね。
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ということで、いつかMOzart時代のフォルテピアノ、オリジナルのプレイエルやブロードウッドのピアノ、そしてオリジナルのチェンバロが朝目を覚めて家にあったら?!なんて思いますが、そんなのは夢のようですね。

ヨーロッパにはそういうコレクターの方で、チェンバロやフォルテピアノ奏者でなくて趣味で嗜む感じだけれど、楽器が沢山・・・という方が多いみたいです。そういうインテリな方達で寛容な場合はプライベートのコンサートや録音に貸し出したりもしている方達もいらっしゃる様で、色々な素晴らしい名器の音がCDとして残っています。
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街もゆっくりお散歩した所ですぐに3台の1840年代のピアノによりコンサートがありました。

スイスのピアニストJean-Jacques Dunkiさんが、1台ずつ楽器の特徴などを説明し、ピアノの制作された同時期に作曲されたピアノ曲を3台で弾き分けてコンサートが行いました。
チューリッヒかどこかので音楽院の先生だそうで、モダンピアノと同時に常に古いフォルテピアノにも興味がありずっと弾いているようで、今度チェリストのクリストフ・コワン氏とレコーデイングする予定だそうです。
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ここまで状態の良い、修復後のコンサートで使用できるグランドピアノが集まるというのは大変な贅沢です。
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左からPape Paris 1842年、真ん中Pleyel Paris 1839年、右Erard Paris 1850年

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Pape Paris 1842年,
多くの人がPapeのグランドピアノを見るのが初めてということで、スクウェアピアノ(テーブルのような平たい長方形のピアノ)を多く生産していたPapeの貴重なグランドピアノです。

タッチもとても浅く、今のモダンピアノに比べると数ミリくらい軽いのではないでしょうか。

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Pleyel Paris 1839年
ショパンが持っていた1846年pleyelのピアノと3年違いのモデルです。ショパンのピアノは7月イギリス旅行・コブコレクションのページよりご覧いただけます。

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こちらは、今回全て企画したローザンヌ音楽院のフォルテピアノ科教授Pierre Goy氏。

彼自身10個近くのフォルテピアノのコレクションを持っているそうで、そのうちのPleyel3台を運びこみレクチャーコンサートが行われました。

左からPleyel 1855年 グランドピアノ、Pleyelテーブルピアノ1832年と1844年。Peyel3台も持っているなんて!なんて贅沢でしょう。そして1台ずつやはりそれぞれの違った音色とタッチで曲により聴き比べられ、大変面白かったです。

1曲は2台ピアノの曲が演奏され、同じPleyelの甘美な音色が混じり合い、なおかつそれぞれの違いを楽しめました。

3階の展示場には1部屋ずつ違った現代のフォルテピアノ製作家や、修復科の部屋になっていて、自由に出入りしてピアノを弾いたり、製作家と詳細など話すことができて、弾き比べをするのがとても興味深かったです。なかなか、ここまで多くの楽器が1つの場所に集まることがない為、貴重な機会です。

そうでなければ、ザルツブルクに住む製作家、ミラノの製作家、ベルギーの製作家・・・と楽器製作者の旅を数日かけてしなければいけないのと、記憶の中にある音とタッチを比べるのは中々大変なので。
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こちらは別のOlivier fadini氏(パリ在住)が修復し終わったばかりのオリジナルPleyelのグランドピアノ。

面白かったのは、ショパンがパリに18年間在住していた間、良き友人、同じ作曲仲間として交流のあったカルク・ブレンナー(1785-1849年)が開発した指先だけを動かして練習するために発明されたカイロプラストという機械の図面の載っている古書から、Olivierが実際にその機会を作って日本人のピアニスト奥山 彩さんがデモンストレーションをしてくれました。

クレメンテイの氏でもあったカルクブレンナーは、もともとドイツ人ですがパリのコンセルバトワールに来て、ロマン派以前のピアニストとしてパリの楽壇で大変な人気と名声を持っていたそうです。

そして、まさにカルクブレンナーの活躍した時期はプレイエルのピアノが発展、改良された時期で、彼は生徒にできるだけ指を動かして鍛えるメソードを教えていたそうで、その為にこの木の練習用の道具を制作して生徒に売っていたそうです。

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これが、練習様機械(木製)の図面の載った古書。

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オリビエが実際にこの練習用機械を再現して、プレイエルのピアノに取り付け、彩さんが弾いてデモンストレーションをしてくれました。
腕の部分を木のバーに載せるので、できるだけ腕を動かさず、指の筋肉を鍛えるということだそうです。弾きにくい様ですが、どちらかというとチェンバロ的な指のみ動かす奏法に重点が置かれているのが面白いですね。

チェンバロはタッチが現代のピアノよりも遥かに軽い為、不必要に腕の重みや動きを加える必要が全くなく、逆に叩くと音がつぶれて響きません。

ロマン派のプレイエルのグランドピアノの頃からピアノも大きくなり鍵盤の重さも増え、ショパン以降ヴィルトゥオーゾな曲が盛んになり、段々体も使って弾く演奏法に変わっていったのかもしれませんが、ショパン自身もか病弱で痩せていた為、グランドピアノを弾く体力があまりなく、大きなコンサートホールよりも伯爵などのサロン(部屋)の少人数を対象に演奏したことを好んだそうです。

ショパンはプレイエルのグランドピアノをパリ自宅、またマヨルカ島(ジョルジュ・サンドと付き合っていた頃よく行った別荘)にはプレイエルのアップライト型のピア二ーノを持っており、有名な24のプレリュードなどの名曲を生み出しましたが、体力のない日はグランドピアノは疲れるのでピア二ーノを好んでいたと言われています。

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Olivierの部屋に展示されていた修復されたオリジナルのpleyelピア二ーノ。手前にシューマンとクララシューマンの写真が飾ってある様に、写真に写っているクララが弾いているピアノとほぼ同じモデル。

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ピアノの譜面台にある右側のデッサンを良く見ると、このピア二ーノと同じラインが描かれています。
ショパンの良い友達で今でもサンジェルマンにアトリエが博物館として残っている、画家ドラクロワ(1798–1863) が描いたショパンとジョルジュサンドの肖像画のデッサンに、このピア二ーノの猫足の部分が描かれており、ショパンがこのピア二ーノと同じモデルのピアノを持っていた事が推測されます。

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ドラクロワ

ドラクロワが実際にこの後に描いた2人の油絵の肖像画は、いつ誰によって破られたかは謎のままだけれど、ショパンとドラクロワがその後別れたことからか、2枚の絵も別々になりショパンの肖像画はルーブル美術館に所蔵されている。

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1838年。ショパン像。ルーブル美術家所蔵。

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ジョルジュサンド像。コペンハーゲン、デンマーク美術館所蔵。左にピアノの部分が描かれている。これがPleyelのピア二ーノと推測される。

こうして、絵画や楽器と歴史の謎解き!?をするのは面白いですね。
段々と頭の中でそのショパンが生きていた頃のパリの社交やピアノ事情などがつながっていきます。そして何よりも素晴らしいというか感激してしまうのは、今でもドラクロワのアトリエやショパンが最後に住んでいたヴァンドーム広場にはアパートがあるということです。

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ドラクロワの住んでいたアトリエ前の通り

去年までサンジェルマン近くに住んでいた方が、”今日アパートの横にあるプレートを見たら、この建物にジョルジュ・サンドが住んでいた”って書いてあったんです!”と言っていました。
それは、ビックリですよね。ということは、そこにドラクロワやショパンもカフェをしに遊びに来たかも?!・・・

なんて考えるとパリは歴史が今も街の中で共存しているのが日本人の私にはびっくりしてしまいます。
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ドラクロワが住んでいたアトリエ。太陽の光ができるだけ入る様にお庭に面して大きな窓があります。

東京は残念ながら空襲などでほとんどが焼けてしまいましたが、ある日家の横を見たら徳川家が住んでいた・・・なんてことが分かったらそれはびっくりしますよね~~。
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スイスのローザンヌで2年に1回フォルテピアノのコンサートや学会、また楽器の展示会が行われます。
夏に会った楽器製作家や是非弾いてみたいと思っていたフォルテピアノの製作家も全員来る!ということで、パリからTGVで3時間半ほどでローザンヌへ行ってきました。

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レマン湖のほとりの素晴らしい景色の自然が豊かな街です。これはカジノ前の公園からの景色。

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スイスらしい景色が広がります。

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ローザンヌの街の一番高台にある11世紀から建設されたゴシック様式のカテドラル

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登った教会前の展望台からの景色

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彫刻の素晴らしい入口

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ステンドグラスから差し込み色がとても綺麗でした

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皆様大変お久しぶりですが、いかがお過ごしですか。
パリはすっかり秋模様で紅葉と同時に落葉が始まり、道には一杯の黄色の葉が落ちています。

さて、夏以来ブログの更新をさぼってしまいましたので、少しずつまたUpして行きたいと思います。
秋と言えば“食”!!でしょうか!?

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近所に週3回あるマルシェ(青空市場)では、沢山の新鮮な野菜などが農家から直接運ばれてきます。
早速おいしそうなきのこなどを買って、お醤油で炒めたり・・・

もっとお料理好きな人だったら、あれこれレシピが浮かぶと思うのですが、私は食べるの好きですが、お料理はまだまだでしょうか?!

しかし12年海外に住んでも食べたくなるのは日本の味です。やっぱり日本人だな~~なんてよく感じます。
離れれば離れるほど、ありがたみや良さも分かりますね。

しかし、逆に日本に居た時はいつも外国に憧れ、ヨーロッパに旅行に行っていたので実は国内やアジアを全然知らないので、今度はゆっくり日本国内の発見の旅に行ってみたいなんて思っています。

人間、身近にあるものには当たり前になって良さやありがたさを忘れ、遠くに憧れるのものですね。
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