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パリの日本文化会館でお香道の会に初めて行ってきました。

大変お恥ずかしいですが、日本の伝統文化を良く知らない私にとって大変貴重な経験になりました。
日本文化会館はエッフェル塔のすぐ横で、何と最上階の絶景の横にお茶室があり、色々な催し物が行われています。

今回、デモンストレーションを行われたのは、500年、20代に渡って続いている志野流の家元継承者である蜂谷 宗苾先生です。
半年間パリに文化庁派遣員としてパリを始め、ドイツやヨーロッパ、アメリカなどでも香道を広めていらっしゃいます。詳しくはこちらより。

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分かりやすく香道の歴史から、香りの説明、またデモンストレーションで実際に体験する内容について説明があり、その後和室に移り実際にフランス人やイタリア人の方と一緒に香道を体験させて頂きました。

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想像していた以上に繊細で何とも言えない香りで、改めて日本人の細やかな感性を再認識させられました。パリで体験するからこそ、余計に日本の文化の素晴らしさを感じました。
そして、今まで何も知らなかった無知さにただただ、恥ずかしいばかり。

本当に知らぬが仏!とは自分のこと。と実感してしまいました。

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共通の知人を通して蜂谷さんご夫婦と最近知り合いましたが、本当に素敵な方達でいつもお会いした後は心が弾む感じです。

日本を10年以上離れて中々日本の伝統文化に接する機会の少ない私にとって、とても貴重な体験になったと同時に自分の国の文化を把握していないというのは、何たる恥!と痛感しました。

今後、日本の文化の素晴らしさをもっと理解できたらいいなと思いました。

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終わるとエッフェル塔が光っている様子がお茶室の横に見えました。
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オランダに住んでいた時、この季節になるとマタイ受難曲の10回コンサートツアーとか、オランダ中で受難曲が演奏されます。パッション(Passion)の季節がまた来たかな・・・と言う感じです。

オランダは今でもプロテスタントの多い国で質素な生活ぶりからも宗教が強く影響しているのを感じます。暗くなって部屋の中を明るくして外から丸見えでもオランダは“見えっぱなし”です。

日本やフランスだとプライベートを見せるのは好みませんからカーテンや雨戸を閉めますね。
しかし、オランダの開けっ放しの習慣はどうやらプロテスタントの“私達はやましいこをは何もしていません。神様に見せても恥ずかしくないです”という様な思想からオープンなままなんだと聞きました。なるほど。

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お薦めCD.アーノンクール指揮:ウィーン・コンツェツトゥス・ムジクス,アルノルト・シェーンベルク合唱団,ウィーン少年合唱団,

4年前にアムステルダムからパリに引っ越してくると、あれだけ受難曲のコンサートがあったのに、ぱったりとない訳です。そして、その代わりにフレンチバロックの作曲家、シャルパンティエ(Charpentier)などの教会音楽が多く演奏され、受難曲はベルギーやオランダ、ドイツのオーケストラがパリに来て演奏したりしています。

私は特に宗教にはこだわりがない為、お恥ずかしいですが聖書を読んだり詳しい訳でもないのですが、国によってこんなに宗教色は音楽とも密接に関わっているのか…と感じますね。

それこそ、アメリカに居た時は受難曲の季節?なんていうのも全く意識せずにポテトチップスを食べていたような気がします。(苦笑)でも、勿論N.Yなどバロックの盛んな都市ではコンサートが行われているようです。

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リュートを弾いているSt-Cecilia

ということで、今日何となくバッハのマタイ受難曲を聞いていたのですが、何と言うか心を打たれますね。
1曲1曲、どの楽器の為にバッハが書き、どの調性を選んでいるのか、全て意味があるようです。これも勉強不足で全てのことをまだ理解していないのですが、例えばf-moll(ヘ短調)で書かれているアリアは“死”を象徴し、そこで美しいメロデイーを奏でる楽器は当時悲しみを象徴する楽器であった、トランぺットがキリストの復活を高らかに知らせるなど・・・

余談ですが15世紀くらいからずっとオルガンは天の声を地に降ろすことのできる、“神聖な楽器”として象徴されていた為、音楽の神様、St-Ceciliaはいつもオルガンやリュートを手に持って描かれていました。
リュートなどは調和=ハーモニーを象徴していたようです。

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イタリア、ボローニャにある素晴らしいSt-Ceciliaの天を見あげた絵。地上にはその他の楽器がばらばらに壊れています。他の楽器は世俗的な象徴でした

それらを勿論バッハは熟知した上でこの壮大な受難曲を作った分けです。その知識、どこまで深く考慮して作曲したか、私はまだ一握りも分かっていないかもしれませんが、それでも音楽の訴えるものというのは強く伝わってきます。

ドイツ語は高校3年間で挫折したままなのですが、それでもやはりバッハのカンタータ等も含め、言語で理解できたらもっと深く音楽も感じ取れると思います。やはり言語の習得というのは音楽とも深く関わっていますね。

ヨーロッパの文化と言語の習得はまだまだですね!
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パリもやっと少しずつ暖かくなってきました。それにしてもお正月の頃に日本のぽかぽか陽気からパリに戻り10度以上寒くどうしようかと思いましたが、何とか厳しい冬も終わりつつあるようです。

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4年前に南仏の講習会の時にユゲットと

さて、昨日は81歳のユゲットおばあちゃんこと、ユゲット・ドレイフュスさんに会ってきました。詳細はこちらより。私にとってとても親しみのある心から尊敬しているチェンバリスト、そして人生の恩師という感じでここ数年お付き合いをさせて頂いております。

昨年度フランス政府より勲章を貰ったようですが、私にとっても人間国宝のような数少ない本物の音楽家だと思います。

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南仏にある14世紀?くらいのチャペルで演奏しました

4年前に初めて南仏の講習会に参加して知り合いましたが、パリのエッフェル塔の近くにお住まいで、家には300年以上前のオリジナルのチェンバロがあります。そんな博物館に通常あるような名器を弾かせて頂くだけでも本当に光栄ですし、私は彼女に聞いて頂くだけでもうありがたいという感じです。

81歳ですが、未だにバッハの名曲、難曲全て頭と指に入っていて本当に頭が下がります。
私の中で難しく考え過ぎて良く分からない部分など、音楽の流れがよりうまく生きるような体の使い方をみせてくれ、試してみると、あ!なんだ!と思うくらいシンプルに音楽が流れたりします。

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南仏にある音楽財団でのレッスン風景。私の弾いているチェンバロはH.ヘムシュという世界に10台も現存しない幻の名器。財団所蔵で毎日弾けるなんて夢のような10日間でした。

そんな時私は口を空けて笑いながら弾いたりしているのですが、ユゲットは目の奥がキラーン!と光ったような感じで、無言で微笑んでいるだけです。でも、とてもウイットにとんだジョークを言う方です。

ユゲットは何とも言えない白いオーラっぽい?仙人みたいな感じですね。私は以前スターウォーズのヨーダみたいと思っていました。(失礼!)

弾く第1音目から ”non!"と言われることもありましたし、なんとまだ何も弾いてないのに"non!”と言われ、ユゲットを見ると、第1音を出す為の呼吸が違うということでした。

なるほど。

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休憩時間はお庭でみんなでカフェ。5カ国からチェンバリストが集まり、プール、チェス、おいしいお料理を満喫しながら音楽だけに没頭できる天国のような日々でした

音が現象として空気中に響く前から、もう聞こえない音をキャッチしているという感じです。
この聞こえないはずの音を自分の耳の中で聞くことをユゲットから教えて貰った気がします。

チェンバロの音というのは物理的に5秒くらいで消えてしまうと思います。でも、曲に寄って10秒くらい伸ばす音も書かれています。

そんな時、普通に聞くと勿論音はすでに消えているのですが、ユゲットがその1音を弾くと、なぜかまだ空気中に振動して存在しているのが聞こえるというか感じます。

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南仏にある有名なSt Maximaのオルガンを見に行きました

以前にバッハの3声のインヴェンションを弾いた時に私が弾くと平面的な感じ。
でもユゲットが黙って座って弾くと、3つの声がチェンバロの中から3Dのように建築の亡霊のように、浮き出てくるわけです。

ひえ~~~!と思い、ユゲットに今までこんなことできる人は見たことないです。と言うと、微笑んで私の耳をつまみました。

要するに“聞きなさい”ということです。
心の耳で聞けば、聞こえてくるということでしょうか。

そんな感じで、彼女とは楽譜に書いてあること、テクニックなどではなく、それを越えた表現、可能性を発見させてくれているような時間をいつも過ごさせて頂き、何というか魂が喜ぶ感じです。

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螺旋階段を登ってオルガンをみんなで弾かせて貰いました

そんな表現は普通しませんが、そんな感じです。だから、この出会いに心から感謝しています。

私は、昔からなぜかお年寄りと居ると心地よいことがあり、大学でピアノの先生に毎回怒られて本当に疲れ切った後は、よくおじいちゃんの家に遊びに行ってお煎餅を食べながらテレビを見たりして、ぼ~っとして癒されていました。20歳の孫と88歳のおじいちゃんがなぜか仲が良い訳です。

そんな感じでユゲットとも会いに行くだけで心が弾みます。何というか人生の大先輩という感じで何とも言えず敬愛しています。


私だけでなく、共通の友人のチェンバリストはまるで息子のように過去20年以上、ユゲットの面倒を見ていますが、本当に多くの人から慕われているようです。

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講習会の1日OFF日は内陸の湖へ泳ぎに!
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ひょんなことから、友達とシャンパーニュ地方で6月にバッハのフルートソナタ6曲のコンサートをやろう!ということになりました。

このフランス人の友達は10歳からフルートをやっているのですが、根っからの音楽好きでビジネスマンからパリのオペラ座に転職してしまったりしたくらいです!

この間思い切って会社を辞めて、退職金をもらって12月にはアルゼンチンにPolo(馬に乗ってボールを打つスポーツ)をしに1カ月行ったり、来週からは新しいビジネスの可能性も含めて1カ月インドやシンガポールへ行くようです。

今は彼もサラリーマンだった頃よりも時間があるので、1月の私のコンサートに来てくれてその後一緒にバッハでも弾こうかということになりました。

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去年、その友達が6月にシャンパーニュ地方でコンサートをして、レセプションでは素晴らしいシャンパーニュが出され、優雅な週末を過ごしたようで、今年も同じオーガナイザーの元でやろうかということになりました。
幸いチェンバロをオーガナイザーが持っているということで、楽器の運搬などもなく問題なさそうです。

そのオーガナイザーも、アマチュアだけどフルートやピアノも弾いてなぜかチェンバロを持っているそうです。フランスの文化や芸術愛好家のつながりというのは、何とも優雅な世界で暮らしている人達が多いです。

それだけ文化の大切さを重んじ、なおかつ生きがいとしている人達が多いからこそ今まで継続しているのでしょうね。
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それとは、別にこの間パリのサンジェルマンとセーヌ川の間にある素敵な1902年から始まっているというアールヌーボー調のインテリアのカフェでランチを食べました。

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Entrée(オントレ、前菜)にみんなでシェアするのに丁度良いかとハムの盛り合わせを頼みましたが5人で調度良いくらいのボリュームでエシレのバターと共に、パンにつけておいしかったです。

ということで、6月はバッハとシャンパーニュのコンサート・・・
バッハがシャンパンを飲んだかは謎ですが・・・お酒は飲んだのではないでしょうかね。
真面目だけれど、なかなかウイットに富んでいる人だったと思います。

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今は4月24日と28日に東京で企画しているバッハの大曲:ゴールドベルグ変奏曲の準備をしていますが、30個のヴァリエーションは次から次へと異なるアイデアが溢れ、玉手箱のようです。

バッハの想像力、作曲の力というのは限界を知らないというか、とてもシンプルな1つのアリアから30個の様々な変奏曲を書きその才能と言ったら・・・計り知れないです。

バッハの作品をどの曲もただただ頭が下がるばかり・・・ですね。
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この数日間再び雪がちらつく寒さでしたが、今日は1週間ぶりくらいに快晴です!とても気持ちが良いお天気です。

今のピアノにたどり着くまでにクラヴィコード、チェンバロ、フォルテピアノ、オルガン・・・といくつもの鍵盤楽器が発展して500年ほどの歳月がかかりました。

100人居れば100つ個性があるように、タッチも1つ1つの楽器は職人さんが丁寧に音を聞きながら仕上げているから違います。初めて弾く楽器はまるで知らない人と出会ってお話しているような感覚です。ですから、自分の中で何となくその楽器の性格や特徴が分かるまで少し時間がかかります。

多少、それぞれの楽器の奏法というのはありますが、目の前にある楽器に一番適した楽器の音を弾き出すには最終的には“聞く耳”しかないと思います。自分の耳が研ぎ澄まされていれば、自然にタッチが柔らかくなったり、指先だけしか必要なかったり、腕も使ったり変化し、楽器の良さを引き出せます。

しかし、エゴイストのようにただ自分がこう弾きたい~~!と、何も楽器から返ってくる音を聞かなければ、一人よがりの演奏で、はたから見ていると“楽器が可哀そう・・・”ということになりかねないです。一方的に私はこうだ~~~と他人に話しているようなものかも知れません。

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やはり赤ちゃんには赤ちゃんへの、活発な感じの人とはそれだけのエネルギーを、また内面性を秘めている人とのコミュニケーションはまた違うように楽器との接し方も違う訳です。

特に昔のオリジナルの楽器は200年、300年経っていて個性や癖、数百年経って変化した”木”から感じられる風合いの音がありますし、とてもデリケートですから、叩きすぎると壊れる可能性もあります。

また、面白いのは同じ楽器でも実際にコンサート会場で弾いたり聞いたりして初めて分かり真価というのもあります。

実際、私のチェンバロも1年間家でしか聞いていませんでしたが、先日初めて家から持ち出してコンサートで使用して音の質や性格など初めて客観的に見れました。意外とMasculinな男性的な低音が太めなキャラクターだと分かりました。また、弾き続けて馴染んでいくと柔らかさも出て来ると思いますが、それも自分で“育てて”いかないといけません。

新しい楽器はまだ木が変化し続けている為、湿度などできるだけ管理して極度の乾燥などあると数年後には響板に亀裂が入って割れてしまう事もあるのでまるで赤ちゃんのように気をつけてあげないといけません。
私はいつも運ぶには大きくて一苦労なのにデリケートなので(Grand bebe)大きな赤ちゃんと言っていますが、みんな本当にそうだと運搬屋さんもうなずいています。

この間ピアノとチェロの友達と話したら、みんな勝手に好きな名前をつけているようです。かなり受けましたが、勝手にジョージとか名前を付けているようです。(苦笑)でも愛着が湧いていいですね。
犬や猫にも名前がある訳ですから。
でも、私は特に具体的な名前を思い浮かびませんが、3年間待ち続けた楽器が自分の部屋にあるというのは、かけがえのない幸せを感じます。

そして、鍵盤のキー1つ1つにしても、装飾画にしても職人さんの手で1つ1つ大事に仕上げられ世界に1つしかない訳ですから、感謝ですね。

次は5月のブランデンブルグ協奏曲全曲演奏会の時に再び持ち出します。はらはらしますが、やはりコンサートで慣れ親しんだ楽器で演奏できるというのは安心感が違います。
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7月にブルターニュ地方(パリより北西でモネの愛したエトルタ島やモン・サンミッシェルがある)で小さな音楽祭があります。
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モネはブルターニュのBelle Ile(美しい島の意味)に10週間も滞在して絵を描いたそうです。

これは、ブルターニュ出身の音楽家が集まって何かをやろう!ということで昨年度より始められ、大盛況だったようです。

以前にお城のコンサートなどでご一緒したヴィオラ奏者の方より、是非また一緒に演奏しましょうということで準備が始まりました。

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モネ 1883年エトルタ島
5,6人のメンバーはバロックオーケストラで弾いてたり、普段はベルギーに住んでいるフランス人だったり、それぞれですが、大変光栄なことに若手チェンバリストとして活躍しているベンジャマン・アラールさんと共演させて頂くことになりました。彼は18歳の若さでバロック音楽の登竜門であるブルージュ国際コンクールで、満場一致で1人になり、その後活躍しているオルガにスト・チェンバリストです。

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ブルターニュの郷土料理としてクレープとリンゴ酒(シュゼット)が有名ですが、日本の神楽坂にフランス人の経営する本場フランスから取り寄せたそば粉のクレープ屋さんがあるようです。カフェ・ル・ブルターニュの詳細はこちら。

彼と一緒に演奏するコンチェルトはJ.S バッハの次男であるカール・フィリップ・エマニュエル バッハでのチェンバロとフォルテピアノの為のコンチェルトです。彼は、才能を高く評価され、プロイセン公国のフルートを演奏するフリードリッヒ大王のお気に入り宮廷作曲家として多くの名曲を残しました。

ちょうどバッハ(お父さん)のチェンバロが栄えた時代から次男のC.P.Eバッハの活躍し始めた時代は初めてピアノが開発され、鍵盤楽器の移行期でした。C.P.Eバッハの住んでいた宮殿にはいくつものチェンバロ、ピアノがあったようですから、最新の鍵盤楽器をいち早く発掘して作曲していたようです。

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J.S BachとC.P.E.Bachの絵。ちょっと怖い気もしますが・・・
なかなかチェンバロの音質とフォルテピアノの音質のコンビネーションとは稀ですが、演奏する機会も少ないので楽しみです。

また、それ以外にも何かフォルテピアノでコンチェルトを弾いてみては?という案が顔合わせのデイナーの時に出ました。予想外でしたが、モーツァルトか何かをやってみては?という意見も。

なるほど。

最近モーツァルトのコンチェルトからは遠いレパ―トリ―に親しんでいた為、数週間何となく自分の頭の隅において時間が経ってしまいました。

でも、気がつくとそのコンサートは7月始めで7月末にはチェンバロでバッハのブランデンブルグ協奏曲の大きなソロパート(コンチェルトほどの大曲)の本番もあり、これは早めに準備をしないと大変なことになるのでは?とやっと気がつきました。

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1798年ウイーン式フォルテピアノ
そこで、昔・・・といっても、もう15年くらい前?になるでしょうか、やったモーツァルトのコンチェルトをちょっと弾いてみると、馴染みのある懐かしい響きと共に、やはり新鮮さもあり、せっかくならやろう。と思った所です。

なかなかコンチェルトは1人で弾く訳でない為、十分な準備、本当に手に入ってないと他人に迷惑がかかります。テンポが遅くなったり、オーケストラのパートを分かっていないとコミュニケーションもスムースに行きません。

ということで、今は4月の東京公演の用意と練習にやっと集中・・・と思いきや、同時進行で東京から戻ってからのピアノのコンチェルトも用意しないと間に合わないらしい・・・・

と小さな頭の中で気がついたしだい。

でも、超多忙な音楽家達は1週間で違うプログラムを旅をしながら、軽々と演奏してしまうでしょうし、いつでも何でもこい!くらいに、何でも手に入っているのがベストでしょうか。

まだまだですね。でも、自分への小さな挑戦として1歩ずつ進んでいきたいと思います。そうすれば、今まで不可能と思って居たことも気がついたらできていた・・・という風に許容範囲が広がっていくのだと思います。

本当にいつも友人のピアニスト達を見ても心から尊敬してしまいます。ピアノは肉体的にも消耗しますし、とにかくレパートリーが広い!バッハ、クラシック、ロマン派、そして近現代まで膨大なレパートリーを常にこなしていくわけです。

チェンバロの栄えたバロック音楽は大体1650年ー1750年の間くらいに限定され、イタリア、ドイツ、フランスのそれぞれのスタイルの違いなど装飾音や伴奏法でも詳細を知ることがとても重要視されます。

その為、演奏のみでなく学術的な研究心の多い”おたく”な人がとても多いです。でも、2010年に生きている訳ですから1700年の音楽を本当に理解する為にはその時代の教則本や装飾の仕方、スタイル、趣味、どんな劇や文学が好まれていなのか、思想、宗教…など文化的背景を知ることが大変重要となります。

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ピアノを弾いていた時はあまり作曲家のことなどについて本も読みませんでしたが、真面目な友達はきちんと読んでいましたね。(苦笑)私はモーツアルトは本当に生きていたの?というくらい実感が湧かないわかないまま指だけ勝手に動いていました。

大学生の時に初めてウイーンに行ってモーツァルト博物館になっている彼が実際に作曲した天井画など見て、この場所で彼が書いていたのか、また実際にコンサートが行われた舞台は本当に小さく、ある意味ショックを受けました。

天才のモーツァルトがこんな小さな所で弾いていたの?と。

今の2000人ほど収容できるコンサートホールの感覚からすると考えられない50人くらいのスペースだったでしょうか。でも、うっすらと壁に残るフレスコ画などが印象に残っています。今でも観光客向けの小さなコンサートが行われているようです。

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その小さな場所で演奏されていたのが、開発されたばかりのフォルテピアノだったわけです。別に2000人に対して演奏する訳でないので楽器の響板に鉄筋が入って大きな音が鳴らなくても良いのです。

きっと、当時の人の“耳”や、時間、そして距離感など現代人と全く違うのではないかと思います。
バッハ家も愛用していた“クラヴィコード”という小さなテーブルのような、弦を持ち上げて振動させる楽器もありましたが、それは、自分や2,3人の友人が楽器のすぐ横で耳をそばだてて聞かないと聞こえないほどの小さな音です。雨の音でもかき消されるような・・・という表現が昔の手紙に残っていたようです。

しかし、そんな繊細な楽器と向き合って居ると、本当に自分の指先、耳の感覚が研ぎ澄まされ、知らない間に自分の心と対話しているような・・・そんな感覚になります。
そして不思議なことにクラヴィコートを弾いた後に、それよりも音量の大きいチェンバロやフォルテピアノを弾くと、なぜか上手くなっている訳です。それは、”聞く耳”が研ぎ澄まされると色々な人の気持ちが理解できるようになるのと似ているでしょうか。

ですから、違う楽器を1つのコンサートなどで演奏する場合は、必ず小さい楽器から大きな楽器へと移動しないと、感覚がずれて大きな楽器で弾いて(例えば今のピアノ)その後にチェンバロを弾こうと思っても叩き過ぎてしまうのです。


17,18世紀はTVやインターネットもなければ、電話もない。お手紙も馬車で運ぶから数日~数週間かかったでしょう。
そして、月や蝋燭の光の中で、自然と共に生き、感じ、音楽という存在があったのではないでしょうか。実際バッハが晩年白内障に悩み目が悪かったのは、10代の頃に戸棚に大事にしまわれて自由に見る事の出来なかった他の作曲家の曲を見たくて、夜中に内緒で月の光のもとで写譜をし続けたことが大きな原因と言われています。

アムステルダムやウイーン、またパリも壁で街が囲われていた歴史的な都市は、今でも徒歩圏内で主要な場所に行けます。アムステルダムに住んでいた時は自転車で5分、15分(まあ遠い方)30分(遠い)という感覚で生活していました。本当に中世サイズなんですね。未だに王宮は街の中心で銀行、駅、郵便局、教会などが全て徒歩圏内にまとまっています。パリもセーヌ川両脇にほとんど主要の全ての建物が連立しています。

そうして見ると、やはり17世紀、18世紀に人々がどんな暮らしをしたのだろう・・・というのは、楽譜からだけでない、街の匂いや実際に歩いてみて実感することも作曲家を知る大きな手掛かりになります。

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1900年St-Gervais教会
パリのマレ地区にある教会では、素晴らしいチェンバロ作品を残したクープラン家がオルガにストとして勤めてましたが、今でもそのオルガンは毎週のミサで演奏され、教会では修道女と修道士が毎日祈りを捧げています。そんな雰囲気を垣間見るだけでも、クープランが生きていた頃の空気を感じれる気がします。

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今でもSt-Gervais教会はセーヌ川沿いにそびえています。
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パリは2日ほど前まで10度くらいあって寒さも和らいだのですが、昨日から雪がちらつき最高気温2度!です。

今週はオーボエの伴奏を教える日以外毎日して、朝からせっせと出かけているのですが手袋と帽子が必需品です。

この寒さで部屋の湿度もあっという間に38%まで落ちてしまうので朝お風呂を入れて、ついでに入って温まっている間に、部屋は湯気で加湿器よりも早く部屋中の湿度が上がります。

さて、この間オペラ座付近のBOOK OFFで日本語の古本を買ってきました。やはり文庫本のサイズは便利でちょっとした時に読めるので楽しいですね。

ふと手に取った本だったのですが、なかなか面白かったです。色々な有名な方の名言集で一言で実に分かりやすく色々な方の生きる極意!が書いてあります。

とてもポジテイブな気分になる本で気持が良かったです。生きていて良かったという気持にさせてくれる本でした。

Happy(しあわせ)語録 ひすいこうたろう+よっちゃん(三笠書房)です。

本の始めは、この世に自分ができない1つの“奇跡”がある。
それは、この世に生まれてくること。

他のことは挑戦すれば、いつかできたり奇跡の起こる可能性を引き起こせると。
でも、この世に生まれてくることは自分の意思だけでできることでない。
お母さんがお腹を痛めて産んでくれたお陰でこの世に出てこれた訳です。

偶然ですが、今年は周りの友達やいとこのお姉ちゃんなどみんな妊娠ラッシュで、産まれるまでの経過や産む大変さ、そしてだからこそ目に入れても痛くないほどの可愛さなど色々垣間見ます。

それにしても生命が誕生するというのは太古の昔から自然に繰り返されてきたことですが、人間の力ではどうにもできない、何かとてつもない力によって初めて生命がに伊吹が吹きこまれるのではないでしょうか。

ということは、生きている・・・ではなく、何かによって生かされている・・・ということでしょか。呼吸することだって、“胃よ動いて!心臓も動いて!”なんて言わなくても勝手に動いているのですからすごいですよね。こうして生きている事が当たり前のようで実はすでに奇跡的なことなのでは?なんて思います。

この本はとても軽く色々な深い内容をさらっと説明しているのですが、案外その軽やかさから気軽に自分の意識を変えてみようとか、見直してみようと素直に感じれました。

人にお説教されると、どうも聞いている方は知らない間に腕を組んで、う~~~ん。と抵抗するポーズを無意識に取っていたりすることがあります。

でも、さら~~っと期待もなしに軽やかに、明るい言葉を掛けられたら、何となくうん。と思える何かがありますね。

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人それぞれ産まれてきた意味があるとしたら、皆さんはどんな意味があって産まれてきたと思いますか?
今やっていること。
目の前にいる人。
興味のあること。
そして、あなたは幸せですか?

そして、自分にできることは何でしょうか?

どうしてそれをやっているのでしょうか?

どちらにしても、自分との関わり=縁が深いから身の回りにあることかもしれないですね。

いくつかこの本の文中の言葉を載せます。

”やる気”なんか出さなくてもいいんです。やることが大事なんです。 伊藤 守(著述家)

幸せを数えたら、あなたはすぐに幸せになれる。 ショーペンハウアー(ドイツの思想家)

人の世に五体満足以上に幸せなことはない 村瀬明道尼(月心居住職)

生まれてきただけでまる儲け 明石家さんま

辛いという字がある。もう少しで幸せになれそうな字である。星野 富弘(詩人)

ムダな事を考えて、ムダなことをしないと 伸びません イチロー

人間どうしは会ったときが正月だ  山本 周五郎

うつくしいものを うつくしいと思える あなたの心がうつくしい みつを

あってもなくてもいいものは、ない方がいいんだなー 武井哲応老子

(これはみつおさんが師匠の武井さんに自分の短歌を見せた時に頂いた言葉だそうです。みつをさんはこれを単なる短歌のアドヴァイスだけでなく人間の根本的な生き方を示していると思ったそうです)


でも、この本にあったいくつかの例では成功している人ほど失敗の数を繰り返していると。
ノーベル賞を受賞した方は、”最近では失敗が面白くなってきた。失敗すれば必ず発見があるから”

確かに、自分はもう何かを“知っている”、“十分に身に付けた”という慢心な心があればあるほど、実は成長できないんですね。

私自身、最近気がついて常に初心でいること、そして失敗を恐れないでとにかく実行し続ける大事さを痛感しました。フランス語、音楽、などなどきりはありません。もうちょっとお料理はどうにかレシピを増やせねば!と普段から思いますが・・・(苦笑)

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ということで、自分にできること。小さなことでも1歩1歩できることからやっていくのみですね。

音楽を通して何ができるか。何を人にお伝えできるのか。どんな喜びを運べるのか。
など、一生の課題がありますが“楽しい”と思える企画をして、色々な失敗をしてもそこから学んで続けで行きたいと思います。
単純にそれしかできませんね。凡人ですから。(苦笑)

5歳の時にドレミの音符を読んでいた時に、まさか自分がこんな遠い国に来るなんて事も、チェンバロという楽器も勿論その時は知らないし、そう考えると人生は不思議ですね。

でも、明らかに2年の予定でアメリカへ出て、12年後になぜかフランスに居るというのは・・・勿論自分でも予想外で全くプランにはなかったことです。



その時、その時自分の中からの声(本能)に従ったらこうなってしまった・・・という感じなのです。
でも、今さら今後また異国に引っ越して1からやるということはないと思います。
例えば5年後になぜかアフリカにいる・・・とかはないと思います。(苦笑)取りあえず日本以外は3カ国0から始めてかなりの労力と時間も費やしましたが、そこで出会った本当に素晴らしい方達やそれぞれの違った価値観などを見れたことは振り返ってみると人生の宝かもしれません。

可能性は何でもある訳ですから、分かりませんよね。だからこそ、毎日が発見、そして自分の未来、なりたい自分のイメージが浮かべば自然にその方向に向かって居るのかもしれませんし、本当は自分が無理だと思っていることができる可能性も秘めているのかもしれませんね。
ただ自分の意識の中でそれを受け入れなければ現実には起きないかもしれませんが。

いずれにしても、誰でもない自分がその“可能性”と自分を信じてあげることからしか、何も生まれないと思います。

さて、何だかぼそぼそっと独り言を書いてしまいましたが、4月の東京コンサートのちらしの原稿を書かなければ!

では、皆様もお体にお気を付け下さい。
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今日は朝9時に家を出てパリの北駅から高速電車タリスで2時間半のお隣ベルギーのリエージュにてコンサートを終了後、夜10時に帰宅しました。

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タリスでベルギーリエージュ駅に到着。スペイン人の有名な建築家サンティアゴ・カラトラバの作品。最近やっと工事が終わったばかり。

ということで13時間の間にお隣の国でリハーサル、コンサートをしてコンサート後にお客さんと共に玄関ホールで歓談して、カフェを飲んで帰ってこれるんですね。

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日本の感覚から言うと隣国に日帰りで往復するというのはあまり実感がわかないかもしれませんが、1時間半でパリーブリュッセルに着いてしまいますから東京ー大阪や名古屋へ行くのとあまり変わりませんね。

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大きすぎて全体像が分かりませんが、曲線が特徴ですね。
大陸続きなので便利です。そのままタリスに乗っているとベルギーからドイツのケルンに着きますので3カ国を越える事は珍しくない訳です。東京から四国や九州に行く感じ?でしょうか。

南仏のアルルやマルセイユはパリから4時間半ー5時間、またスペイン近くのピレネー山脈などは6時間くらいですから、フランス国内の方が遠い場所が沢山ある分けです。

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外から見るとこんな感じ。

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こんな建物もスペインに作ってるみたいです。

その為、スキーはアルプスへ、海は地中海、フランス北のブルターニュ、西の大西洋寄り、お城めぐりはパリから1時間南のロワール地方、シャンパンはパリから1時間東のシャンパーニュ地方、もうちょっと行くと白ワインのおいしいアルザス地方、ワインが好きな方は南に1時間半ほどでブルゴーニュ地方、そしてさらに南下すればボルドー地方・・・その中腹の真ん中の地方はフォアグラの産地・・・などなど。

こうして見ると本当にフランスは生きる楽しみが何通りでも自国の中で満喫できますね。
その為か、しばしばフランス人はわざわざ外国に行かなくても十分楽しめる・・・ということで外国語が苦手というのも一理あるようですが。

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リハーサル中

さて、話が大分それましたが(いつものことですが…苦笑)ということでベルギーは近いわけです。
今日は昨日ちびっ子コンサートで弾いたコンサートと同じプログラムでしたからさらっと要点をリハーサルしてすぐに本番なので緊張する間もない?感じでしたがホールが素敵なバルコニーのあるクラシックな円形型の劇場でした。

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パリのシャンゼリゼ劇場も同じ形のもっと大きい感じですがベルギーはバルコニーに金の装飾が細部までありきれいです。やはり、そんな所で演奏できる時はウキウキしますね。
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今回は”ヴェルサイユ宮殿の音楽”というテーマでしたから、全部フランスバロック音楽で有名な宮廷音楽家だったリュリのほかリュベルという珍しい作曲家の曲も取り上げました。

その”Les éléments"(日本語で要素、成分、パーツなどの意味)はまさに自然の要素を音楽にあてはめて、楽器を組み合わせて作曲されています。

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昨日に引き続きお客さんに分かりやすく、①”L‘eau"(水)を象徴するフルートのメロデイーだけ説明後に弾きます。

②”Le Feu(火)を象徴する激しいメロデイーをヴァイオリンが弾きます。

③”La Terre"(土、大地)を象徴する地響きのようなメロデイーをチェロやコントラバスが弾きます。

そして、この5分くらいの曲を演奏するのですが、そうするとお客さんも今どのテーマなのかイメージとコネクトして聞ける訳です。

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今回使用したのはボルドー地方の製作家Philippe Humeauさんの30年前のチェンバロ!

ルイ14世のフランス宮廷時代はダンスが一生大好きだった王様の為に多くのダンス音楽が作曲され、またリュベルのように象徴的な曲、また当時大人気の劇作家であったモリエールの作品をもとにオペラが作曲され、ヴェルサイユ宮殿で上演されていました。

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現代に生きる私達にとって、ヴェルサイユ宮殿の栄えた時代=江戸時代は遠い文化ですから、その当時の常識や知識、文化的背景はやはり勉強しないと分からないわけです。当時常識とされていたことは、今の私達には常識でないことがほとんどですし、習慣も大きく異なっていますからやはり分かりやすくお客さんに説明することで、一緒に楽しんで頂けると思います。

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舞台から見た客席

今日は2回目のコンサートだったのでオーケストラのメンバーも楽しんでましたし、指揮者がヴェルサイユ宮殿の宮廷楽団がそうであったように、大きな木の杖に鈴をつけて、それを地面にならして指揮の変わりにしたり、曲が始まる前に打楽器奏者と一緒にしばらくイントロを即興でタンバリンなどで弾いてから始めたり、終わりも打楽器だけ残り消えていくように終えたり、誰もいつ終わるのか分からない即興を見ていたりしていました。

一番おかしかったのは、”小鳥のさえずり”という曲で繰り返しの時に指揮者が口笛をしろという合図をして、私の後ろ隣にいるいつもジョークばかり言っているコントラバス奏者が口笛でとても上手に小鳥がぴーちく、ぱーちく・・・という感じでし始めました。私も思わずにんまりと笑ってしまい下を見て笑って居たのですが、お客さんもみんな微笑んで、一体どこの誰が吹いているのかしら?と見ている訳です。

でも小鳥のさえずり=フルートの為にメロデイーがよく書かれますが、本当の口笛も結構馴染んでなかなか良かったです。
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小人みたいに見えるけどお客さんです・・・

でも、やはり気の知れた仲間というのとみんな本番の慣れで一瞬の合図でみんなピタッと合う訳です。

オーケストラで弾く時は、ソロや室内楽と全然違って大きな社会というか”会社”に属しているような感じで、みんなとずれてはいけない訳です。ずれるくらいなら弾かない方がいいくらいです。

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私は、私も慣れるまで分からずにぼろぼろと1音残ってたり、遅れたり・・・して、指揮者に睨まれてましたが(未だにボロをすればすぐに睨まれるのは当たり前ですが少しは心臓に毛が生えたでしょうか?!(苦笑)、段々慣れてきたらこっちも開き直って、すみませんね~~。という感じでコンタクトを返したりします。

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この距離で睨まれたりするので、前はよく今回で首がとぶ~~と冷や冷やしながら弾いたりしてました。

前にドイツで2小節くらい和音がチャ~~~~と伸びている間に、何か即興で適当にきれいなメロデイーを弾いて~~~~と指揮者が手の平をぴろぴろと=(何か弾いてという合図)、取りあえず何か弾いて、でもまだ手の平をひらひらしているので、もう弾けないよ~~とこっちは手の平を返して肩をすくめる合図をしました。

すると日本人=シャイなイメージがあるで指揮者にそんなことをした人はあまりいなかったらしく、噴出してました。まあ、笑って許してくれたので良かったですが。
そんな急にずっと即興しろっていったってね~~~。なんて。本当はできないといけないんですけど。(苦笑)

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舞台後ろのオルガン

ということで、オケの中でも色々ですが一緒にコンサートを始めて1年半くらいが経ち、始めはよそよそしくしていたフランス人もほとんど顔なじみになりました。やはり慣れる時間というのは必要ですね。

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今回はイギリス人も3人居て一緒にお茶したり電車の中で話てフランス語と英語の良い勉強になりました。
ということで、3月のコンサートまで一先ず休憩です。

4月に日本でチェンバロソロリサイタルを2回企画していますので、そちらの準備も始めないといけません。またお知らせをきちんとします。

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お時間のある方、チェンバロを聞いたことのない方もご興味がありましたらどうぞお越し下さい。
まだまだ珍しい楽器であるチェンバロを気軽に聞ける機会を増やせていけたらいいなと思っています。

どうぞ今後とも宜しくお願い致します。
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皆さんこんにちは。

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雪が降った日のオペラ座前

パリも極寒の時期はどうにか過ぎ去ったようで、日も長くなりバルコニーのパンジーも雪が降った時にはまるで”ほうれん草”のように縮んでしまいましたが、また咲き始めましてよく生きていた~~~という感じです。
植物は強いですね。

さて、パリコンサートが無事に10日ほど前に終わりほっとしていたら、3日前からオーケストラ Les Sieclesのリハーサル、コンサートが始まりました。

今回は、2日間リハーサルに3日目の今朝は週末のちびっ子コンサートがパリのCite de la musiqueで行われました。朝早いお陰で今週はずっと寝不足で疲れが溜まり、右肩もどうにも凝ってしまいこれはいかん!

ということで昨日リハーサルから帰宅後久しぶりに寝れるだけ寝ました!!簡単で一番体力回復!
明日は日帰りでお隣のベルギー、リエージュ劇場という所でコンサートです。

プログラムの詳細はこちらオーケストラのホームページからご覧いただけます。

皆さんは今年の抱負など決めましたか?

私は特に何も決めたわけではないのですが、今まで気が付かなかったというか見過ごしていた?自分に甘い点、ボロボロな所が目に付くようになり、こりゃ~~~あかん!と改善中です。

あんまり大きな抱負という感じではないですが、できることからどうにかしようよ。という感じでしょうか。(笑)

14年前に日本で猛烈にフランス語を勉強してから、ずっとその記憶に頼ったままどうにかパリで4年生活してきたのですが、このままではいけない!

と思い立ち、発音記号、文法、作文、聞き取り・・・などからもう1度やり直し始めました。

気楽に続けれるフランス語と日本語の交換ペンパルを南仏に住むフランス人女性と始めましたが、ま~~~何と多い間違い!

3行くらいフランス語で私が書いたメールに対して、説明も含めると倍の6行くらい真っ赤に赤ペン先生のように添削して返ってくるので目から鱗が落ちる!くらいに、こんなミスもあんなミスも!!とお恥ずかしい限り。
ので、普通に日常生活などについて1ページ分書くと2ページくらいになって返ってきます。

そして、赤ペン先生の添削メールは文面だけプリントしてノートに貼り付け、繰り返し間違えているミスや分かっていない文法など隣に書きだし、その部分を自分で復習していけば少しは間違えが減るかな?と。

そして、ずっと今まで間違えたままで何百回と使い続けてきたか・・・と思うと赤面ですね。
ということで、やばい状態を知らないことほどやばいことはない!!=知らぬが仏
を思い知り、時間のある時に基礎からやり直しています。

でも、毎日使っている表現ですから、すぐに役立てれるのでありがたいですね。やはりプライベートでも仕事でもきちんと話せるというのは、やはり初対面の人などは特に相手がどういう人かを判断する大事な基準になると思います。

フランスのお役所や郵便局、普通のお店は日本のように”お客様は神様~~”なんていう言い回しも存在しませんし、逆に”あんた何しに来たの?” みたいな、すごい悪い態度の方がほとんどです。

特に外国人ですから丁寧にきちんと自分の言いたい事を話すことはとても重要です。相手の態度があからさまに変わったりしますし、もし説明できなかったらどうなっていただろうか・・・と思う場面も昔からよくあります。

昔、パリに予約していたホテルにUeyama でなくVeyamaで間違えて登録され、予約がないから満杯!と言われて放り出されそうになったり・・・

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語学は常に何か続けて行きたいと思っているので、フランス語がある程度復習できたら英語もきちんとブリテイッシュの発音をイギリス人に習いたいなあと思い始めました。

アメリカに住んでいたとはいえ、アメリカ人のように母音をあそこまで開いて発音するのは何となく抵抗があり、パリに居る間に会う英語圏の人はイギリス人も多く、イギリス英語の方が何となく品があるかな。と思い始めました。まあ、今からマスターするのは相当根本的にどうにかしないと無理かと思いますが。母音の発音の違いを知っておくだけでも随分違うのでは?と思います。

今は、12年の海外生活で英語とフランス語がぐっちゃぐちゃになってしまい、からまった毛糸玉のようになってしまっているらしい・・・ので1本1本ほどいていくしかないらしいです・・・・

ということで10年以上のつけは大きいですが本人以外にどうにもできませんので。観念して。

ということでフランス語をどうにかするのが1つの今年の目標。
あとは、チェンバロソロのフランスのレパートリー、またチェンバロのアンサンブルは常に即興演奏をするのですが、まだまだ17世紀、18世紀、ドイツ、イタリア、フランスのスタイルを分別できていないのでまた根本から自分でやり直したいと思っています。

また、チェンバリストに一生つきまとう“調律”。
これも私は苦手分野なのですが、今まで適当に調律してきましたが、これも限界!やはり耳で全て聞き分けてどんなコンデイションでもどの調律でもできるようにしないと仕事が務まりませんね。

などなど。

ということで、今年の抱負?というよりは改善したいことが山のように見えてきた=どうにかしたいと思っております。

あとは、時間にルーズであったり・・などなど。

でも良く考えてみると時間にルーズ=自分に甘い=気が付いても、まいっか。と済ませちゃうという性格がX(バッテン)な訳で根本的に自分に甘い性格を自分に厳しく制していくということが現実的に見て必要なことなのでは???

と思う今日この頃です。
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