風邪で寝込みました。

ブリュッセルにリハーサルで1泊2日で戻りましたが、その頃には扁桃腺が真っ赤に腫れて喉ががらがら。
すぐにプロポリスの原液をハーブテイーに数滴入れて、ハチミツを入れて何杯か飲みました。

熱いお風呂に入って汗をびっしょりかき、洋服を2回変えて暖かくしてぐっすり寝て起きると喉はほとんど良くなっていましたが、頭痛と咳と鼻水が始まったので昨日は1日家でめずらしく寝たりおきたり。

こんなことはいつ以来かな。。という感じですが、それもそのはず、最近の色々なコンサートや14人ちびっ子を1日中フランス語で教えて疲れ切ったまま、十分に休んでいなかったのでたまりにたまってダウンですね。
体が休息を必要として、ちゃんと休めるときに気が緩み、体も緩み、風邪をひいたのだと思います。

ちょうど3日OFFがあったので、今日2日目は頭痛も止まったので12月のコンサートの曲やバッハのゴールドベルグ変奏曲を練習し始めました。

2日間何もしていなかったので、音楽を聞いたら何だかとても新鮮に感じて、いいな~と思いました。まるで素人ですが、何もない空間から“音”が生まれる瞬間を感じると、やはりそれは素晴らしいなあと思います。

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(1767-1830)プラハのピアノ製作家・Weimesの楽器

3日前にブリュッセルで以前にフォルテピアノを師事していたピート・クイケンと久しぶりに再会してそれはそれは楽しい時間を過ごしました。

バロック音楽界の先駆者クイケン兄弟のヴィオラ・ダ・ガンバのヴィーラント・クイケンの末っ子でまだ30代半ばなのですが、本当に純粋に作曲家の視点から音楽を見て、モダンピアノも古いフォルテピアノも両方弾き分けられる数少ないピアニストです。

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最近、日本で発売された2008年に彼が来日した際のライブ録音のCDを頂き早速聞いたのですが、本当に素晴らしいです。モーツァルトのピアノコンチェルトを1809年にチェコで制作されたオリジナルのフォルテピアノで演奏していますが、その音質、繊細さ、そしてピートの楽器の限界まで挑戦した”PPP"からダイナミックな自作のカデンツァには本当に心を打たれます。

お薦めの1枚です。コロンビアレコードのサイトから注文ができます。ご興味のある方はこちらよりどうぞ。
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by kcembalo | 2009-11-30 05:43
昨日は久しぶりに何もなくゆったりと過ごし、スーツケースもほどき、家の掃除や洗濯をして、・・・という感じでOff日を楽しみました。

今朝は9時半から1月のトリオのコンサートのリハーサルがあり、自宅のチェンバロを調律してその後チェンバロの生徒さんが来ました。

気がつくとフリータイムの次のリハーサルやコンサートの練習をしないといけないのですが、さすがに昨日はあまりに長い間あったプレッシャーのコンサートが終わり”頭をからっぽ”にしたかったのでしょうか。ぼっとしていました。

今週は12月日本でのコンサートのリハーサルの為にブリュッセルに行きます。そして、ヴァイオリンのまどかちゃんはその翌日帰国というハードスケジュール。

そういえば、3日前のコンサートもパーカッションの人は3日前にアメリカから戻ってまだ8時間の時差があるのに昨日ブリュッセルに行って夜中3時半に帰宅して5時半に起きてこの電車に乗ってる・・・というので、寝る体制ばっちりの彼にみんなは”そりゃそうだ。”とうなずいてました。

でもリハーサルの時その子が弾いている姿はきびきびと動いていて、とてもそんな状態とは思えないタフな感じ。昔リチャード・クレーダーマン(フランス人の金髪、貴公子タイプの日本でも有名になったポピュラーピアニスト)と一緒に日本に2カ月も居たそうで、片言の日本語いきなり*面倒くさ~~い*なんて言い出して吹き出しましたが。たまに日本語が分かるフランス人が居て油断禁物です!

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南仏アルルで買ったラベンダーの手書き模様のコップと石鹸入れ。セミは南仏の象徴でよくこのようにお土産ものにもなってます。でも、日本のせみとは鳴き方がちょっと違いましたね。

秘密語のように日本語で言いたいことを友達と話していても、実は少し理解されている場合もある?!と思うと怖いですね。帰国すると当たり前ですが日本語は秘密語ではなくなってしまうので、色々と言いたいことも口の中で我慢してるのですが・・・(苦笑)

その他にもコンサート翌朝は5時の電車でパリに帰って朝9時には教えなきゃ・・・という毎週の教える仕事とランダムなコンサートを両立すると、そんな無茶なことが日常茶飯事のようになるようです。

音楽家の生活は確かに定職よりも不定期かもしれません。忙しい時は猛烈に忙しく、暇なときは暇。でも、常に自分を高める目標を持って別にコンサートで弾かなくても自分の為に探求しないといけないな~としばし反省をして最近ゴールドベルク変奏曲を始めました。

本当に奥深くまだまだですが、一生探求できるほどの大曲ですから、何回も人生で弾くのも面白いかもしれませんね。
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La Rochelle の夕暮れ。海の向こうは大西洋です

昨晩、2回目のブランデンブルク協奏曲3番と5番のコンサートがパリから電車で3時間ほどの大西洋に面したLa Rochelle(ラ・ロッシェル)という町で無事に終わりました。

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リハサールの始まり

本当に肩の荷がどっさりと“音”を立てて下りた感じです。
今回の本番は色々なハプニングがあって、精神的にかなり疲れましたがとても良い経験になりました。

日本ではまずなかなかソロを弾く機会の少ない名曲を演奏させて貰えて、本当に感謝です。
オーケストラのメンバーにも助けられ、アルルの本番で学んだことをこの4日間ほど復習、ゆっくり練習して、本番の自分の弱い部分を自分なりにカバーして臨みました。

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ホールに到着してチェンバロを見ると、なんと今世界で一番高い!注文しても10年待ちのパリの製作者のチェンバロでした。こんなに良い楽器で弾けるなんて!と思って弾くとやはり鍵盤も軽いし特種な音がします。何とも言えないハープのような、この製作者独自の“音”です。

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オランダの巨匠レオンハルトも去年このアントニオ・サイディ氏、(イギリス人)の楽器でリサイタルをパリでしていましたが、それは素敵なコンサートでした。

そして、調律をしてくれる方がいらしたのですがとても親切な方で、聞けば私と同じ先生に師事したということ。
ほとんど私は自分で仕上げているのですが、重要なコンサートの前にはレオンハルトと同じく80歳のフランスの巨匠のユゲット・ドレイフュスさんに演奏を聴いて貰ってます。特に何を行って貰おうと期待して行くわけではないのですが、もう人間を超えているような・・・人間国宝のようなオーラがかもし出ていて、ご自宅にある本物の350年前のチェンバロを弾かせて頂くだけで、聞いて頂くだけで、もう本望です…という感じなのですが。

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本番後に調律してくれたピエールさんと。同門なんて偶然!

そして、聞けばこの楽器はなんとその“ユゲット”というニックネームがついていて彼女も勿論演奏したという歴史のある楽器でした。アルルで弾いたチェンバロよりもやはり鍵盤の戻りが0.02秒くらいかもしれませんが早く、軽くそのお陰で難しく早いパッセージも力を抜いて弾くとさらさらっと決まる訳です。今回ほど良い製作者の楽器の違いを感じたことはありませんね。表現をする為に最高の条件が整っているとやはり演奏者はかなり助けられて安心して表現することができます。

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毎回ある意味実験的な部分があるのですが、今回はかなり腹をくくって、もう最後はやるだけ!
という感じでした。

満員のお客さんの中、オーケストラを弾き始めた瞬間になぜかこんなにきれいなメロデイーをバッハはあれこれと考えてやっと生み出したのではないか・・・
初演をした時は大変な反響だったのではないか・・・

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という思いが過ぎり、だからこそ誰でも知っている名曲中の名曲だけれど、1音1音丁寧に演奏をさせて貰いました。

それは、バッハの音楽を1人でも多くの人に伝えれるのなら。という演奏家としての思いでしょうか。
今回は、”私が弾く!”というエゴ的な意識よりも、作曲家と聴衆の間の1つのパイプとして、自分の技術や感性、全てひっくるめてバッハの音楽を伝えたいと思いました。

いつもそんなことを考えているわけではないのですが、今回はなぜか一番後ろの席にバッハが聞いているのではないか?なんて気もしてくるようなバッハに対する尊敬の念から親近感を感じました。

この一番後ろで知っている人が聞いているのでは?というのは、別に特別なことでなく、チェンバロを始めた10年前にピアノに比べて音量の少ないチェンバロの音が一番奥まで届くようにするにはどうしたらよいか・・・と色々考えた時に、楽器の限界というのはある程度あるけれど、あとは演奏者のイメージによって実際に人の耳に届いていないとしても想像力で音を一番後列まで飛ばせるのではないか?と思ったからです。

これは何回か実験したり、本番をするうちにどうやらイメージすると違うらしい。ちゃんと届いたらしい・・・と手ごたえがあったので大きなホールで演奏する時はどこかで一番後列に知っている人が居るのでは?と仮定してその人に向けて演奏することで、ホール全体に音が伝わるとイメージするわけです。

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左はコンサートマスターでヴァイオリンのソリスト、Francois-Marie、右はドラヴェルソの明るいイタリア人のソリストJonatha

世の中上手な人は一杯いるので、パーフェクトにきれいに弾くのは他の人に任せれば良いわけで、もとから完璧にしようとしてもどこかちぐはく、どこかいびつにしかならないようなタイプなので、上手に弾くことよりもバッハの音楽から感じること、見えることをそのまま伝えたいと思いました。

カデンツァは何百回と練習しているので、もう似たようなパターンというか歌い回しができていたのですが、不思議と今回の本番は良い緊張感や本番の持つ特殊な聴衆と舞台の上の空間のせいか、自分でも新鮮な間の取り方や早いパッセージの流れなどがあり、自分自身の中にある可能性が無意識に顔を出した時に普段とは違う規定外のものが出てくるんだなあ。と今日録音を聞いて思いました。

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リハーサルの後ホテルに戻る途中に古い通りにこんな気組みの建物がありました

これも今回の発見です。
今回は、本当に色々な面で大変でしたが、発見も多く大きな経験と自信につながったように思います。
本当にこうして演奏できたこと、そして暖かく見守って演奏してくれたオーケストラのメンバー、指揮者のみんなに感謝です。

そして、コンサートにいらして下さり、”あの黒い髪のアジア人の子は一体誰なの?!”と思いながらも演奏後にブラボーを言いに来て下さった方がたに心から感謝です。

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来週は12月の日本でのコンサートの2回目のリハーサルの為にブリュッセルに行き、12月始めは再びこのオーケストラと子供の為のコンサートをサル・プレイエルでします。

きっとあっという間に帰国になると思いますが、色々な貴重な経験をできたことは本当に宝ですね。
それにしても、今回のリハーサル前日までソロを演奏するのが知らされていなかったというのには参りましたが、今後もし3日後にコンサート弾いて。と言われてもチェンバリストにとって“お箱”のブランデンブルクがレパートリーになったので良かったと思います。
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帰り道にあった教会

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1718年に建てられたL`eglise St-Sauverという説明

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フランスではどんな小さな町でも教会はありますね

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素敵なオルガンがありました
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先週末のコンサートの為にアルルへ出発する前日にとんでもないことが起きた。

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オーケストラのマネージャーの連絡ミスでバッハのブランデンブルグ協奏曲の第5番のソロをてっきり弾かないと思っていた私がソリストだった・・・
というありそうでなさそうな・・・なさそうでありそうなことが起きた。

半年前から南仏アルルと2日後の大西洋にあるLa Rochelleという町のコンサートはソロを弾くのことになっていたのだが、2週間前に偶然、オーケストラのオフィシャルWebsiteを見たらソリストの名前が他のチェンバリストになっていた。

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すぐにマネージャに確認のメールをすると、”いや~~けいが弾くはずだけど、もう1度確認して返事をする”というメールが来た。

すると、その返事がなしに今回のコンサートの詳細メールが演奏する人たち全員へメールで送られ、詳細を見るとやはりソリストは私の名前でなかった。

ので、勝手にソリストを確認なしで変更するのもとても失礼だなと思いながらも、ここはフランス。
こんなことも平気でしてしまうのか?!・・・・と半ば冷ややかな目で見ていた。

ここで、フランス人なら
”何なのよ===!!私がソロって言ったじゃな==い!”と爆発+文句を言うのが普通らしいですが。

しかし、なんか気分が悪くも私はそこまでしゃしゃり出る気がなかった。
そんな中マネージャーからの確認を待っていたけれど結局何の連絡も直接なかった。

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コンサートのあるアルルへ行く前日に他のメンバーと室内楽のリハーサルをしてて、その話になり、あのマネージャーは間違いだらけだから、絶対に再確認をした方がいい。

”もし、けいがソロを弾くのだったら、大変な目に合うのはあなたでしょ!!”と親切な友達なだけに絶対に連絡をしろ!と言われた。

そして、すぐに電話。出ないので留守電にメッセージを入れる。
帰宅後にもう1度電話をすると、あっさりと何事もなかったように、

”明日ソロを弾くのはけいだよ!前にも言ったでしょ。”

と普通に言う。

ありえない・・・こんなことが。
どうやらメールもWebサイトも別のアシスタントが何も知らないで情報を載せていた為に連絡ミスになったらしい。

しかし、そのアシスタントも私も出発前日まで私がソロを弾くというのを知らなかった・・・というのはありえない状況である。

しかも、チェンバロの協奏曲で一番難しいのでは?というこんな大曲、数時間でどうにかなるものではない。
幸い9月から少しずつ練習していたにしても急に明日弾いてね。と言われて顔色1つ変えずにできるチェンバリストは相当のプロである。

すでに、何回も弾いていれば問題ないが、私はまだ2回目だ。
初めて弾いた時に共演したフルーテイストは今回で25回目~~と言っていたが、バッハの自筆譜のとてもでないけれど本番では読めないような小さな楽譜なのだが、要するに全てのパートを把握しきっているので、そんなことができるわけで理想である。

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こんなに大事なコンサートのソロを弾く、弾かない、弾く、弾かない・・・で結局 弾くことになるなんて。
思わず、叫んでしまったが結局責任を取るのは私だ。

舞台の上できちんと演奏をしないといけないのは音楽家である。

ということで、急いでどうにか3時間最後の仕上げの練習をしたものの、心配で明け方まで緊張で眠れなかった。翌朝アルルへ。
今回のコンサートプログラムはバッハと現代曲が半分ずつ、現代曲はCD用の録音も兼ねていた為そっちが重要視でバッハはさらっと1回通して終わり。

しかも2楽章は後でソリスト3人(チェンバロ、フルート、ヴァイオリン)でやっておいて。と指揮者。
はい。と言って予定を決めひとまずホテルへ行って仮眠。

前日急な変更に心の準備が整わずに3,4時間しか眠れなかったのでリハーサル後の1時間半のお昼寝はとても深く寝れて助かった。

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他のメンバーが現代曲を録音後に練習をさせてもらいホテルへ戻ろうとした時に友人がうっかりスーツケースを教会に置きっぱなしにしていたので、運ぶことに。

すると、後ろから5歳くらいの女の子とお父さんが階段を上がってきた。荷物を持っている私を見て
”持ちましょうか?”とお父さんが話しかけてきて運んでくれた。

そして、ありがとうございます。とお礼を言って別れると歩き出したそのおじさんが、ふと思い出したように足を止めて振り返り

”あなたに幸運が来ますように” (Pour te bonheur) と言って肩にかついでいたビニール袋から人握りの塩を私の手のひらにくれた。

自然の岩塩らしく、”ここから23キロ離れたカマルグ地方のだよ” と言って握手をしてくれたが、その手はごつごつとして働き続けた人の手・・・というのがすぐに分かった。
女の子と一緒に歩いて行った。女の子は黒い髪をしたアジア人がめずらしかったのか、見上げていたけれど、最後は親しげに手をふってくれた。

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その場所はあの有名なゴッホが描いたアルルの町をローマ時代から流れている川の上の橋で風がビュービューと吹いていた。

何だかそれまでの緊張した1日半の疲れがふわっと癒されたような感じがした。
こんな田舎で外国人の私にくれたやさしさにとても感謝した。

それまですっかり忘れていたが、10年以上前に片言のフランス語でゴッホがとても好きだった頃初めてアルルへ来た時の事を思い出した。

朝のマルシェ(青空市場)を歩いていると、新鮮な野菜やぶどうがあり、私は大きなブドウでなく小さな1人分くらいの房があるか見ていた。
開店前の準備をしていたお店の人がちょうど良い大きさのブドウを手の上にくれた。
お金は?と聞くと
”いらないわよ。” としぐさで分かった。

その時に、1人旅の言葉も分からず遠い異国に来ていた私の心細さをその人のやさしさが包んでくれたような気がした。

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このお塩をもらって、そのぶどうを貰った時の事を思い出した。
その日はさすがに疲れ過ぎていて眠れた。


翌朝7時に起きて9時にはコンサート会場の教会へ。リハーサルは朝9時半ー10時まで。10時会場で11時からコンサートという具合で全然指ならしの時間もない。

しかも、教会で練習室や控室もあまりない為、私が15分練習させてもらった後、舞台ではチェンバロ、ピアノ、打楽器の3人が同時に音を出していて、すごいことになっていた。

さらっとゲネプロでテンポのチェックをして、チェンバロの調律師さんが調律を始める。時間がなくしょうがなく会場と同時に調律を始めるのでやはり雑音なので少し大変そうだった。

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上の絵に描かれている”黄色いカフェ”は今でもあります。

ステージには現代曲の打楽器が多いのでソリストのチェンバロ、フルート、ヴァイオリンだけが舞台に立ち、オーケストラのメンバーは客席と同じ舞台下である。

何だか、すごい目立ってしまう配置だが、音響的にもその方が良かったらしい。ということで、どうにか本番は1日半の最短時間の用意・仕上げ・心の準備としては、あれ以上は弾けなかったと思う。

でも、最高の出来とは言えない。
普段はミスをしないカデンツァも数か所ミスをしてしまった。
その要因は極度の緊張から体が強張って、手に無意識にすごい力が入っていたようだ。

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ローマ時代、紀元前から残っているアルルの野外円形劇場

自分ではどうして普段さらっと弾けるパッセージが弾きにくいのか?
ミスがあったのか?と思っていたが、

本番終了後にチェンバロの製作者が弾くと知らされたのが前日というのを知った上で、”あれ以上はベストは尽くせないでしょ。でもすごい力入ってたね。”と教えてくれたからだ。

はっと気がついた。叩いていたんだ~~~。
チェンバロは本当に指先以外の力はいらない。
それを緊張している普通の状態でないときにも脱力した状態で繊細なタッチで弾くのが一番難しい。

力が入ると普段問題なくさらっと弾けるパッセージも何となく”頑張ってしまう”
その頑張りが不必要なのだが、気負いからきてしまったようで反省。

この本番を録音したので、早速パリに戻り聞いてミスした部分を全部チェックしてゆっくり練習。
そして、自分が緊張した時に出やすい癖を冷静に見る。

明後日2回目のコンサートだが、やはりリハーサルは45分しかない。多分1回さらっと通して終わりだと思う。
その為、自分の中でテンポ、力の抜き加減、など準備していないといけない。

限られた時間の中で本番にいかに集中して力を出せるかもコントロールしなくてはいけない。
あんまりリハーサルで100%頑張りすぎると疲れが出てしまう。
などなど。

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余談だが、日本からパリに訪れていた親戚曰く、”頭からっぽ”が一番いいわよ。と。
楽だそうだ。

いいな~~。
本当に彼女は時差関係なく、全て本能や感覚に従って、それを疑わずに自然に従って、すっきりとしている。

ということで、私も色々とぐちゃぐちゃと考えていたが、弾くべき時には弾かないといけないわけで、今さらぐちゃぐちゃ考えたり練習してもあまり変化はないのかもしれない。

それよりも、もう腹をくくって、よし。と呼吸を落として本番に臨むのが一番でないか・・と思うようになった。
自分を信じるというのは中々大変というか、すぐに不安になれるのだが、こういう大事な本番では、本当に信じ切らないと一瞬の隙が命取りになる。

なぜか、取りとめなく書いてしまったけれど、今日この頃の心境。
きっと後で読んだら、相当追いつめられてたな・・・なんて思うのかもしれないけど。(苦笑)

でも、アルルで演奏をさせて貰えたのは今から考えるとありがたいことだったのか・・と思うけれど、とてもでないけれど楽しめる余裕はどこにもなかった・・・

まだまだ修行は続くという感じでしょうか。

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ゴッホが南仏に行った時人絵具を買うお金すらなくて弟のテオの支援を受けながらも、1日に3枚くらいのもの凄い早いペースで制作していたそうです。そして孤独の中で自分の絵を見つめながら唯一売れたのは生涯に1枚・1万円くらいで貧乏で苦労したようですが、その100年後に世界中から認められているなんてきっとゴッホは思いもしなかったのではないでしょうか。
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この3年間一緒に演奏しているヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロによるトリオのデビューコンサートが2010年1月24日にパリのサル・コルトーで行われます。

サル・コルトーは、伝説的なフランスのピアニスト、アルフレッド・コルトーが創立した音楽学校、エコールノルマルのコンサートホールでもあり、有名なシャンゼリゼ劇場を設計した同じ建築家によるもので、こじんまりとしたホールですが、音響がちょうど室内楽にはちょうど良い感じです。

初めて私のチェンバロの自宅から運んでコンサートに使用するので、ホールで実際にどのように響くのかとても楽しみです。
楽器の真価は、やはり広いコンサートホールなどで分かります。

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トリオのメンバーである他の2人とは音楽のパートナーとしても、プライベートでも良い友達として付き合っています。
なかなかみんな忙しくリハーサルの時間を決めるのも大変でしたが、すでにFnacというフランスのチケットセンターではチケットが販売されています。詳細はこちらからどうぞ。

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また、この前日はパリ郊外のシャトーSt-Cloudというお城のサロンでもコンサートがあります。

すでにこの夏に南仏のボエセーという町で演奏したプログラムで数曲変えた聞きやすい曲目にしました。フランソワ・クープラン、ラモー、バッハなどの室内楽曲とチェンバロソロはルイ・クープランの名曲を入れました。

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Jean-Sébastien BACH : Sonate en trio en Sol Majeur BWV 1039
Johann Heinrich SCHMELZER : Sonate "Cucu"
Dietrich BUXTEHUDE : Sonata V de l'Opera Secunda
François COUPERIN : "Les Goûts Réunis" Septième Concert
Louis COUPERIN : Prélude à l’imitation de Monsieur Froberger
Jean-Philippe RAMEAU : "Pièces de clavecin" Premier Concert .

パリにいらっしゃる方でご興味がありましたらどうぞお越し下さいませ。
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皆さんご無沙汰しております。

パリはすっかり冬の始めという感じにここ4,5日で冷え込み始めました。
紅葉の葉っぱもほとんど散り始め、今が最後のお散歩を楽しめる時期でしょうか。

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アルルの木組みが残ったままの素敵なホール

さて、11月はオーケストラ " Les Siecles"の南仏アルルとラ・ロッシェルという大西洋側の素敵な街でコンサートがあります。

今回は9月にすでにパリ郊外であったコンサートの2,3回目でアルルでは録音もコンサートと同時に行われる予定です。バッハのブランデンブルグと同時に現代音楽の作曲家マタロンの作品も演奏されます。

お恥ずかしいのですが私も知らない作曲家だったのですが、大変有名な方らしく9月のリハーサルとコンサートにも作曲家自身が来て、指揮者とテンポ感や音響、楽器の配置に至るまで細かく練っていました。

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アルルの演奏するホール客席。もちろんピアノでなくてチェンバロで弾きます!

Le dimanche 15 novembre 2009 à 11h00
2009年11月15日 朝11時より アルルにて

Les SIÈCLES
François-Xavier ROTH, direction

Martin マタロン: Trame 2
Martin マタロン: Trame 8
BACH : ブランデンブルク協奏曲 第3番
BACH : ブランデンブルク協奏曲 第5番

その次回はLa Rochelleという地方のLa Coursiveという場所で最後のコンサートです。

同じプログラムで11月20日夜8時30からです。
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La Rochelleの近代的なホール

ブランデンブルグは1年以上前にパリで初めて弾きましたが、バッハのチェンバロ協奏曲よりも難しいのでは?という5分間に渡るチェンバロのカデンツァがあるので、9月からせっせと練習しています。
今は同時に6年前に1年間かけて少しずつ勉強したバッハのゴールドベルグ変奏曲を再度自分で取り組んでいます。

やはり、自分に挑戦する曲に取り組まないと、怠けてしまいますので。

6年前の楽譜は色々とカラフルに3声部など塗ってありますが、今の視点で改めて新鮮に見たいと思い楽譜を買いなおしました。また、バッハの自筆譜は残っていないのですが、彼の死後に出版された1800年代の初版譜のファクシミリがあるので、音や細かいアーテイキュレーションなど少しでも疑問があると、初版譜でチェックをしています。

現代の改訂版や日本の出版社は丁寧に説明や編集者の視点で音楽の大事な表現となるスラーやスタッカートなど詳細を勝手に変えてしまっているものも少なくありません。その為、実際の作曲家が伝えようとしていることが見えにくくなることが多いため、できるだけ手に入る作曲家の時代に出版されたファクシミリなどを参考に勉強していくと、色々な発見があることも多いです。

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こんな大きなホールできちんとチェンバロのソロが響くのかちょっと心配ですが・・・

結局250年前のどの様に演奏されていたかは誰も聞いたことがないわけですが、”自分がこう思う”と音楽を通して主張するタイプと、”作曲家が思い描いていた音楽をできるだけ忠実に表現したい、近ずきたい”というタイプの演奏家に分かれます。

私は、自分の個性をむき出しにして音楽をすることにあまり興味はなく、後者の観点で追求したいと思っているので、やはりバッハを演奏するならばピアノよりチェンバロ、そして楽譜も初版譜で・・・と思います。

個性を出そうと思わなくても、すでに私の音楽の視点自体が個性なのであろうから、あえて自己主張をすることはないと思います。これは、1人1人が違う”声”を生まれ持っているように、違う”音”を持っているのではないか?とある日思いました。

私は、まだまだ作曲家や楽器、曲などをリサーチする”おたく度”が足りなく無知な部分も多いので、勉強することは山ほどあると思います。
これはきっと一生続くと思いますが・・・一生勉強ですね。
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