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ショパンが愛していたプレイエル社のピアノはとてもまろやかな音色で、今もフランスのあちこちには1800年代のピアノが沢山あります。

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Chopinが住んでいた 9 Place d`orleansの邸宅内。左にプレイエル社のピアノがある。

状態が良いピアノはそのまま弾けますが、ほとんどのピアノは響板にひびが入ったり、タッチが揃っていなかったり、修復が必要な場合が多いです。

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ショパンのピアノ

そして、今でもそれらのピアノを愛して当時の音を蘇らせようと熱心な修復家と演奏家が居ます。

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1841年プレエル社グランドピアノの足の部分!ショパンのピアノの写真に写っているモデルと極めて似ている。

先日伺った制作家のアトリエは行くたびに違う楽器があり、とても面白いです。この足も美しい~~!と言って修復するのを楽しんでいる様子。
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でも、修復途中のピアニーノはこんな状態でした!
これは、ピアノの中身を修復して外側の板を膠(にかわ)で貼り付けている所。まるで、人間の手術状態ですね!でも、この後に綺麗な姿になり美しい音を響かせてくれるでしょう。


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1829年プレイエル社のピアノ。勿論、これは修復が必要な状態でまだ横に寝かされています!なぜか、ベートーベンの写真がありました。

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1834年プレイエル社ピアニーノのプレート

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1837年ブレイエル社ピアニーノのプレート

数年違うだけで、どんどんピアノの材質やモデルと共に音色も変化していっているのを体験するのは面白いです。

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プレイエル社のピアノカタログをまとめた本

ショパンとプレイエル社の創始者プレイエル氏は仲が良かったようで、一緒にイギリス旅行をしたりしていますが、楽器の新しいモデルをショパンが演奏して多くの人に知ってもらう宣伝の役割も果たしていたのではないでしょうか。
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時代と共に移り変わるピアノのモデルと当時の値段が書いてある、興味深い本。

ショパンと同時代にパリに居たリストは、もう1つの有名なフランスのピアノメーカーエラール社と提携して同じくロンドンでコンサートをしたりしましたが、彼はピアノを叩き過ぎて壊れてしまうため、舞台の裏側にはもう1台のピアノが用意されていたというエピソードがあります。

このエラール社のピアノはラベルやドビュッシーが好んだものとしても知られています。


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by kcembalo | 2007-04-24 14:41
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先日、パリ在住の楽器製作者のアトリエへ行き、ショパンの愛用していたピアノメーカー・プレイエル(Pleyel)の楽器を見せてもらいました。

今でも、フランスではアンティーク市や家族に代々受け継がれた楽器が多く存在します。


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19世紀ワルシャワ

ショパンは19歳の時に祖国ポーランドを離れ、ウィーン経由で芸術の盛んなパリに来て活躍し、死ぬまで祖国の土を踏むことはできませんでした。ウィーンでポーランドがロシアに侵略されたことを知り、革命エチュードが生まれたのはこの頃と言われています。

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19世紀パリ・コンコルド広場

不安を胸に、繊細な感性を持った才能豊かなショパンは、パリに来てピアノ曲を集中的に作曲し始めます。

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1832年ショパンのデビューコンサート

そして21歳の時に今でも存在しているプレイエルホール(Salle Pleyel:最近修復工事を終え、モダンな会場となり2006年に再びオープンした。)にてピアノ協奏曲を演奏し、デビューし一躍パリの人たちの間で人気になります。

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サロンで演奏するショパン(右下)

また、優れたピアニストとして社交界の中心であるサロンで有名になって行きました。

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1829年サロンで演奏する19歳のショパン

当時は、大きなコンサート会場での演奏会も沢山あったようで、多くのピアノ曲を残したリストとショパンは交流がありましたが、ショパンはリストに、

君はコンサート会場で弾く為に生まれてきたようなものだが、私は緊張してしまうのでサロンの方が好きだと言ったそうです。

また、洗練されたセンスや教養豊かなショパンの雰囲気、謙虚な態度はパリの上流階級の人たちに好印象を与え、ショパンのロマンティックなピアノ曲は多くの人を魅了しました。


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ショパンのポートレート

リストの紹介でジョルジュ・サンドはサロンで、ショパンと出会いましたが、男装をしている一風変わったサンドのことをショパンは好ましく思いませんでした。

ショパンは友達への手紙の中でこう書いています。

「あれでも女なのだろうか。疑いたくなるね。」

「感じの良い顔とは思えず、全然気に入りませんでした。彼女には、どこか近づきたくない雰囲気があります。」

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サンドの描いたノアンでのショパン


しかし、その後ショパンとサンドの個性の違いが互いに興味を惹いていったのか、9年間という長い時間を共にするのでした。


サンドは病弱であったショパンの看護をし、バカンスには彼女の避暑地であるコルシカ島のノアンの家にショパンを連れて行き、ショパンは作曲に集中することができました。24のプレリュードを始め多くの名曲がノアンの家で作曲されましたが、そのピアノが、プレイエルのピアニーノです。

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ショパンの持っていたタイプとほぼ同じ1834年のプレイエル社 ピアニーノ

今の、アップライトピアノの原型ですが、とてもまろやかな音がします。

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パリはこの3日連続で27度という春を通り越して、夏のようなお天気です。

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みんなコートを脱ぎ捨て、タンクトップやT-シャツで太陽を体一杯に浴びています。

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どこかパリの街も人の表情も活気が出ています。

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そして、お花も満開です。藤の花がパリのあちこちで咲き始めました。

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Chantilly地方の18世紀アンティークの絵皿

17世紀にコルベール(Colbert)の家として建てられたオリジナルのシャトーは残念ながら19世紀に破壊されてしまい、現在のシャトーソーは1856年から1862年に建築家Joseph-Michel Le Soufacheが建てたものです。

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シャトー内はMusee de l`ile-de France(パリ近郊(セーヌ、オワーズ、マルヌ川に囲まれた地域)の美術館)となっており、17世紀のシャトーの絵画やフランス各地のアンテイーク陶器などが展示されています。

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17世紀にヨーロッパで流行ったアジアの模様。梅の花のポット。伊万里焼きなども遠く日本からフランスに届けられ、フランスの有名な陶器メーカーが真似をして作っている。
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ソー公園はパリより電車ですぐのパリジャン・パリジェンヌにとって気軽に都市から逃避できる場所です。

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17世紀のパリも小道が多く、町中を行きかう馬車が多かったことから馬糞がいたるところにあり、かなり衛生状態は悪かったようです。


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17世紀に創られたソー公園内の見回りPoliceは今も馬と!

そのせいか、17世紀の愛を語る歌(エール・ド・クール)の詩にはよく森や林などの自然が舞台として出てきます。

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それは、パリ市内ではなくやはりちょっと離れた森などの静けさを貴族達は好んだようです。そして、自然の静けさの中で詩を読んだり誰にも言えない恋の悩みをささやいたのでしょうか。

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そんな17世紀の雰囲気を今も感じれる空間が、まだここにはある気がします。

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今日は快晴のぽかぽか陽気で、空を見て*これはお花見に行くしかない!*と思い、出かけてきました。

やはり日本人ですね。春の訪れは桜を見なければ始まらないというか・・・

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パリより電車(RER)で15分ほどのソー公園(Parc de Seaux)には、日本人の間で話題の*お花見スポット*です。

この公園は皇居よりも広い180万ヘクタールにも及ぶ敷地に、シャトーと広大な庭園や噴水などがある美しい歴史のある場所です。

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ヴェルサイユ宮殿の庭園も手がけた17世紀の庭園設計士ル・ノートルによる庭園は、やはりスケールが大きいので、一周りするのにも何キロ歩くでしょうか。45分はかかったでしょうか。

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1878年ロダン作の4つの怪人面が噴水となっている。

それに対してシャトーはこじんまりと可愛いのが対照的です。1677年の落成式にはルイ14世も招かれラシーヌの*フェードル*が上演されたそうです。

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そしてこのシャトー内で音楽愛好家の貴族達の間で、チェンバロや歌などの器楽曲が演奏され、名曲が生まれていきました。

偶然にも約1年ほど前にこのシャトーで演奏されていたバロック音楽についてのレクチャーコンサートで演奏させて頂く機会がありました。詳しくはこちら

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ソー公園の駅から公園へ向っていく途中は、桜の並木道で驚きました。まだ、花は5分咲きといった所でしたが、こんなに桜がパリにあるとは!

ソー公園の中には白い桜のエリアとピンクの桜のエリアがあり、その木の下でみんな愛犬と一緒にピクニックをしていました。

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今日は、ぽかぽか陽気でコートなしでも大丈夫なお天気でした。

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嬉しいのと同時にこの季節の移り変わりの中で思わぬ異変が・・・・

いつもの様にチェンバロを弾いてみたら何かがおかしい・・・?
タッチの深さがいつもより浅い気がする・・・


ということで、急に暖かくなったので湿度が下がりやすくなり、ほぼ毎日調律が必要なこの頃です。

チェンバロは小さな部品を除いてほとんどは木でできています。ピアノの様に鉄板は響板には使われていません。

その為、ちょっとした温度や湿度ですぐに弦が緩んだりして調律が狂ってしまう繊細な楽器です今日は、要するに季節の変り目でチェンバロの木全体が変化した為に、鍵盤全体が2ミリほど下がってしまったのだと思います。

こういう時は、チェンバロの下に潜り鍵盤の下の部分にあるネジをくるくると回します。
そうすると、鍵盤自体を0.5ミリ-2ミリくらいの範囲で上下に調整できます。

見えないほどの変化ですが、チェンバロの木も呼吸して四季折々変化しているのを感じます。

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また、最近買った加湿器は超音波の最新式なのですが友達のチェンバリストが、パリの水道水はカルキが一杯あるからミネラルウォーターを使わないと部屋中真っ白になってしまうよ!

と教えてくれました。まさか~~~~と思っていたら

ふと気が付いたらTVの画面が白っぽい・・・・拭いてみたら画面が真っ白になっていることがより分かり。。。。

ありえない!こんなにカルキが含まれているなんて。。。

と考えたら飲むのもお風呂に入るのも・・・・一体大丈夫なのか?と考えてしまいました。
でも、ほっておくと32%にまで下がってしまう部屋の湿度を約50%(チェンバロの心地よい湿度)に保つにはほぼ1日中付けておかないといけません。

加湿器もミネラルウォーターにした方がいいのか、考え中です。日本だったらそんな心配しなくていいのに!
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