11月に東京である、2つのコンサートのお知らせです。

11月23日(木・祝) 午後2時開演 3部構成

1-2時  チェンバリスト   水永 牧子
2-3時  カウンターテナー 青木 洋也
3-4時  ピアノ        西川 潤子

場所 保谷こもれびホール (チケット、問い合わせ)042-421-1919

入場料 一般1500円 学生 1000円


私は、青木さんと前半 ヴィヴァルディのカンタータ (主が家を建てられるのでなければ)を4人の弦楽アンサンブルと一緒にチェンバロで演奏します。

また、武満 徹の大変素敵な歌曲を8曲ピアノで演奏します。中には、Jazzyな楽しい曲、しっとりとした、きれいな曲もあります。



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1月24日(金)
早稲田大学・日本女子大学室内合唱団 第47回定期演奏会


場所・東京カテドラル聖マリア大聖堂
(有楽町線 江戸川橋駅 徒歩7分)

指揮・アルト 青木 洋也 ソプラノ 中村 朋子、テノール 中塚 昌昭、 バス 藤井 大輔

と23日の弦楽メンバーにオーボエ、オルガン、コントラバスを追加したメンバーで演奏します。

演奏曲目・バッハ・カンタータ BWV 61、153、ヘンデル・カンタータ HWV 264

入場料・ 1000円(全席自由)


問い合わせ: 岸本 雅弥 kabayaki@shitsunai.com/ kcembalo@yahoo.co.jpでもどうぞ。

お時間がありましたら、お気軽にお越しください。
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皆さん、こんにちは。

せっかく、日本に帰ってきたので、更新をしようと思いながら、6日間の短い帰国もあっという間に過ぎてしまいました。

 今回は、軽井沢のコンサートに出演する為に、来日していた音楽家の方にお会いしたり、11月のコンサートのリハーサル、そしてこの度、発足することにしました、植山 けい チェンバロ 友の会の準備に追われる日々でした。気が付くと、明日の早朝には成田へ向かいます。

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軽井沢に大変素敵な大賀ホールをお建てになった、ソニー名誉会長の大賀 典雄さんと。

友の会についてご説明しますと、以下のようになります。

***(植山けい チェンバロ友の会)発足のお知らせ***

チェンバロを少しでも多くの方に身近に聴いて頂きたいという思いから、この度、(植山けい チェンバロ友の会)を発足することになりました。

ご希望の方は無料で会員登録ができ、今後のコンサート活動内容のお知らせ、またチケットを優先的に割引料金にてお求め頂くことができます。

この友の会の発足にあたり、世界中から、多分野の素晴らしい方々が、理事に就任して下さりました。(敬称略、あいうえお順)

喜田 圭一郎 (ヒーリングガーデン代表取締役・日本)

ダン・タイ・ソン (ピアニスト・カナダ)

ピーター・サイクス (ボストン大学、ロンジー音楽院教授・アメリカ)

松尾 泰一  (イーバンク銀行代表取締役社長・日本)

メノ・ファン・デルフト(アムステルダム音楽院、ハンブルグ音楽院教授・オランダ)

盛田 正明 ((財)日本テニス協会会長・日本)

ユゲット・ドレイフュス(チェンバリスト・フランス)


11月23日(木・祝)青木洋也さん(カウンターテナー)と共にVivaldiのカンタータ、武満 徹の歌曲を8曲、保谷こもれびホールにて。お問い合わせ(042)421-1919
http://www.nishitokyo.or.jp/komorebi/event/event.cgi?mode=view&no=134

11月24日(金)早稲田大学:日本女子大学室内合唱団第47回定期演奏会にてヘンデル、バッハのカンタータ。目黒の東京カテドラル聖マリア大聖堂(http://www.shitsunai.com)

また、来年はチェンバロ音楽を代表する、ラモーやゴールドベルグ変奏曲のコンサートも企画中です。

また、9月18日に行われた白寿ホールのライブ録音の発売も、ご希望の方にお求め頂けるように、準備を薦めています。また後日、改めてお知らせ致します。

ご希望の方は、(植山けい チェンバロ友の会)専用のE-mailアドレス

kcembalo@yahoo.co.jp に、氏名、電話、住所、E-mailをお書きの上、お申し込み下さい。

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理事のダン・タイ・ソンさんは、アジア人として初めてショパンコンクールに優勝した、尊敬すべき素晴らしいピアニストです。

パリに戻って、2日間は居ますが、また今週末には、ドイツに行き、作り途中の私のチェンバロを見て、装飾などを製作者の方と打ち合わせしてきます。

そして、また、11月中旬には帰国します。武満 徹の歌曲には、Jazzyな曲も含まれ、なかなか楽しい曲です。その前後には、ヴィヴァルディやヘンデル、バッハのカンタータにどっぷり漬かっています。

たまには、こんなコントラストも面白いですね。では、また。
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昨日は、朝にチェンバロの装飾画を書いて貰う、画家の方にお会いする為、ノートルダムから、市庁舎(L`hotel de Ville)方面へ自転車で通り過ぎた。

すると、まだパリの街も起き始めた様な、秋のしっとりとした、景色が見えた。

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ノートルダム寺院の前も、午後よりも圧倒的に人の数が少ない。
遠くからだが、祭壇が奥に見える。

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そして、数えきれない彫刻の入り口。
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市庁舎に着くと、朝日が顔を出した。
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パリには、昔ながらの伝統的な建築で大変有名な、オペラ・ガルニエと、最近建てられた、巨大なバスティーユオペラ座がある。

一般に言う、オペラは、ガルニエのことで、この近辺はデパートや日本食品屋さん、ラーメン屋も沢山あることから、日本人が沢山居る地区である。

さて、この間の日曜日、オペラ好きの友達に誘われて、久しぶりにバスティーユにオペラを見に行った。演目は、ベルリオーズの*トロアの人*で、オペラの中でも、最長と言われているものだ。

2回のたっぷりした休憩、(50分と30分)を挟んで、3幕が上演されるのだが、2時半から始まり外に出たのは、8時・・・5時間半のコンサートというのは、私も初めてだったが、まるで映画を3本見るような感覚であろうか。合間に、ワインやビールを飲みに行ったりして、結構みんな楽しんでいる様子だった。

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舞台設定は、かなりモダンなシンプルなものであったが、最小の動きで最大の効果を出すようなねらいがある感じで、なかなか興味深かった。

このオペラは、リストが同棲していた夫人が、強くベルリオーズに作曲するように励まして、完成したというエピソードがあるらしいが、ベルリオーズが生きていた時には、全て通しては演奏されたことがなかった。

今でもあまりに長く、実際に歌う歌手に負担がかかり過ぎるという理由から、カットされることも多いらしい。

さすがに、3幕を歌いきった主役のソプラノ歌手がカーテンコールに出てきたときは、会場中がブロボーと拍手に包まれた。

パリでは、2つのオペラ座では年間を通して、色々なオペラが楽しめるが、その他にも、バレーやバロックオペラ、オーケストラ、そしてピアノや室内楽のコンサートがひっきりなしに行われ、この秋も行きたいコンサートが目白押しである。
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ふと気がついたら、東京のリサイタルからあと4,5日で1ヶ月が経とうとしています。
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リサイタルが終わり、まさかそんなに時間が経とうとしているとは、驚きです。皆さんも多くの新しい出来事が、あれからあったのではないでしょうか。

リサイタルの日に、プロのカメラマン田尾 敏郎さんに撮って頂いた写真も手元に着きました。その中から、何枚かアップします。
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実は、来週月曜日にパリで引越しをし、20個に登る荷物!(8年の外国滞在期間を経て、知らない間に増えてしまい・・・)と共に、チェンバロも引越しです。

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2段あって、どの様に違うの!?という答えは、上の段の音の方が繊細で、少し小さめな音がします。(ピアノ:p)下の段がはっきりした太い音です。(メゾ・フォルテ:mf)この2本を組み合わせると、音量が大きくなります。(フォルテ:f)*****

勿論、チェンバロは慣れた人が運ばないと、すぐにぶつけて、楽器にひびが入ったり、陥没してしまうので、入念にカバーをかけて、足を取り外し、大きな三角形の木箱の様にして、運びます。
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チェンバロの命ともいえる、この響板は、わずか2ミリほどの厚さなので、乾燥した冬などに、ひびが入ってしまうこともあるので、湿度は50%くらいに、いつも保つようにします。きれいな装飾を見るのも、楽しいですね。**********

慣れていれば、15-30分で済みますが、アムステルダムのアンネの家のような、急で狭い階段の場所は、どうしようもない時、楽器をまさに直角にして、そのまま引き上げたり、窓から入れたり、色々です。

でも、どのような困難な場所も、あと1cm狭かったら入らなかった!などと言いながら、大抵は済みますが、絶対に入らないような場所には、始めから住みません。もしくは、小さなめのチェンバロを運びます。

車を持っている人が、駐車場がない家に住まない様に、チェンバロを出し入れできない所には、チェンバリストは住みません。
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というのも、ピアニストと違い、チェンバリストは毎回のコンサートに自分の楽器を運び、自分で調律して演奏することが、よくあることだからです。

さて、気がつくと11月の日本でのコンサートも近くなり、そのリハーサルや他の用事も合わせて、この引越しの数日後に再び、1週間のみ帰国することになりました。11月のコンサート情報は、またお知らせ致します。今度は、ピアノも弾きます!

今年は、異例に、6回もパリと日本を行ったり来たりしていますが、行き先が日本だと楽しみですね。おいしいお寿司も食べれるし!

今回は、先日お知らせした、*植山 けい チェンバロ友の会*の方も進めて、お知らせを皆様にお送りしようと思っています。

ご興味のある方は、*植山 けい チェンバロ友の会*のメールアドレス
kcembalo@yahoo.co.jp まで御連絡下さい。

今後とも、どうぞ皆様宜しくお願い致します。


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A month has been passed since I finished my Tokyo recital.Time flys so fast!

I am so glad that 250 people came to this reital eventhough the typhoon was passing Tokyo.

I would like to continue to play in Tokyo this year and next year as much as I can.It is also nice to play with other nice musicians and share music.

This November,I will perform Handel and Bach`s cantata directed by Hiroya Aoki.He is also a counter tenor singer.So, I will also accompany beautiful pieces by Toru Takemitsu on the piano! It is a very exciting program.

I am also planning a salon concert at the wonderful japanese garden in april.You can see cherry blossom out of the window and enjoy drinking french champagne at the terrasses and listen to french baroque music......

The famous french harpsichord composer,Jean-Philippe Rameau was playing 3 concerts per day at the chateau of his patron.

Why not find many possibilities to enjoy the harpsichord music?

250 years ago, people were doing salon concerts at their house and invited special friends and enjoy the precious music.
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現代美術館である、ポンピドゥーセンター(またの名を、Beaubourg,ボブールとも言う)は、奇抜なデザインで有名だが、エスカレーターの一番上に登ると、パリの中心から、景色が一望できる。
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そして、その横には、何とも可愛いこれまた現代アートの噴水がある。
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その裏に見えるのが、サン・メリー教会。なんとも言えない、コントラスト
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一歩足を踏み入れると、外とは全く違った、静寂の世界。

これが、私は何とも好きなのである。自分の内側を見つめれるというのが、どこか演奏する時の精神状態に近いのだと思う。
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石作りの少しひやっとする、天井の高い空間の中で、小さくコラールの音楽を流している教会などもある。
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ここの、サン・メリー教会では、定期的に入場料無料のコンサートが行われ、ピアノやその他、弦楽器の演奏を気軽に聞くこともできる。
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人の流れの多い所でも、こういった教会が町中にあるので、ふと入るだけで、別世界の静けさを感じることができる。
忙しい毎日の中で、心を静かにする時間を持つというのは、とても大事なことだと、最近感じる。
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昨日は、日曜日+最高のお天気で、セーヌ川沿いには、ぞろぞろお散歩する人がバスから見えた。

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バスティーユ広場にも、人がごった返していましたが、その広場の真ん中には、悠然と記念碑が建っています。

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ここは、1370年に要塞として建造され、のちに 国立刑務所になり、政治犯や、王に逆らう
者達が収容されていたようで、その環境は、以外と自由であったらしいです。勿論、民衆が*パンをくれ!*とフランス革命が勃発した場所であり、攻め落としたことで有名です。


今は、車が行きかう大きなロータリーになってしまっていますが。

フリー百科事典 ウィキペディア(Wikipediaから抜粋すると
*********

部屋は5m四方であり、天井までは8mある。窓は7mの高さにあり、鉄格子がはまっているも

のの、外の光は十分に入り込む。 また囚人は、愛用の家具を持ち込むことも

でき、専属のコックや使用人を雇うことすら可能だった。
食事も豪勢なものであり、

昼食に3皿、夕食には5皿が出され、嫌いなものがあれば別のものを注文することができた。

牢獄内ではどのような服装をしようが自由であり、好きな生地、好きなデザインで服

をオーダーできた。
また図書館、遊戯室なども完備されており、監獄内の囚人が病気な

どになった場合は国王の侍医が診察した。

*********

日本の同年代の刑務所では、決して専用コックなんぞ、雇ってくれなかったと思うけれど。
やはり、衣・食・住に対するフランス人のこだわりは、どんな環境でも求めるらしい・・・

これは、フランス人の意地ですね。
きっと、日本人だったら、刑務所に入ったら順応しようと試みると思いますが。

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バスティーユ広場にある、新オペラ座。*******

余談ですが、数年前のイギリスの新聞に、

*ケインとアベル*で有名な作家、ジェフリー・アーチャーが、数年前に偽証罪で刑務所に入り、他の囚人からサインをちょうだいと言われたにも関らず、高慢に*上げない*といったら、袋叩きにされてしまい、別棟に移されたと書いてありました。

彼は英国の知識人だから、プライドが許さなかったのでしょうね。

彼のオフィスはテムス川が一望できて、そこには印象派の本物の絵がいくつもあるそうです。

最近は、今までの様に小説家として活動開始なさったようですが、今度の新作はどうやら、その印象派の絵を題材にゴッホなどを取り入れて、書いたようです。

日本でも既に翻訳版が出る予定だそうなので、色々な人生を歩んだ人の文章というのは、きっと面白いのでしょうね。

私も、機会があれば読みたいと思っています。

話が随分とそれてしまいましたが・・・・いつものことなので・・・・すみません。
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ボストンでは風が寒くなり始め、あちこちで、鮮やかな赤黄色の紅葉する葉と共に、
どこまでも青い空が続く、Indina Summer(インディアン・サマー)が数日訪れる。

日本語は、秋晴れなのだが、何ともブルーの空の鮮やかさが、アメリカらしいのだ。マイナスの気温の死にそうに寒い日でも、ボストンではこのBlue Skyを見ることができて、それは、パリの曇り空の多い冬との大きな違いかもしれない。

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パリとインディアン・サマーという表現は、何だかちぐはぐしているが、そんな言葉を思い起こさせる、数日振りの気持ちの良い天気だった。

実は、東京のコンサートが終わり、パリに帰ってきてから連日、家探しをしていた。

今のアパートは、ノートルダムから徒歩2分のとても便利な場所で、マルシェも、サン・ルイ島も近くて、とてもお気に入りの地区だ。

しかし、ある日突然1通の手紙が届き、大家さんが3ヵ月後に出て行ってくださいとのこと。一瞬頭がぽーっとして、現実味がしなかったが、

えーーーーーー!!!と次の瞬間、また、あの大変な家探し!?!?!そんなことってあり得るの!?と色々な人に聞いたが、契約があろうと大家さんが追い出したければ、出なければいけないと・・・・・

ということで、東京のコンサートがあったので、取りあえずそれまでは、チェンバロに集中ということで、何も動かずに2ヶ月が過ぎた。

そして、帰って来てすぐに、時差ぼけだろうが、なんだろうが朝からアパート情報を、目を皿の様にして見ていた。
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パリには、未だに数世紀前に建てられた、古いアパートも中を改装して、住み続けている。その為、パリのアパルトマンというと、聞こえは良いが、かなり古かったり、小さかったり、水漏れなど色々な問題もある。東京と比べたら、今のユーロの物価が高騰している為、パリの方が、高いかもしれない。さすがに、ポンドの強い、ロンドンほどではないが。

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実際に良いと思うアパート20件に連絡しても、まだ空いていて、見にいけるのは、その数軒である。しかし、懲りずに毎日続けて、昨日、期待しないで行った場所が、案外良かったので入居することになった。

これは、本当に運であると思うけれど、たまたま電話した数十件のうち、この物件の大家さんは、アジア系の女性で、外国人として家探しをする大変さなどを、考慮していたのか、始めから、とても好意的であった。

大体、家で練習するとか、外国人というだけで、敬遠されることもあるが、逆に日本人はきれいに住んでくれるというイメージのある大家さんは、安心して貸してくれたりする。

チェンバロは、ほとんど音の問題は少ないのだが、それでも実際に入ってみて練習して、近所の様子が分からなければ、ほっとはできない。

パリは、東京の山の手線内だけの大きさとも言われているほど、実は小さな面積に建物が密集している。その為、かなり入り組んだ作りの小さなアパートが所狭しとあって、楽器の置ける広々とした部屋というのは、なかなか見つかりにくい。

数世紀前に、パリの街を城壁で囲っていた時期があったせいで、多くの重要な建物が中心に密集している。今も、きっとその名残か、町が拡大したにせよ、端から端まで行くにしても1時間でほどで行ける。

私は、生まれてからの引越し回数を今、思い起こしても、数え切れない。

取りあえず、日本を離れてボストンーアムステルダムーパリに移り住んだの8年の間に、今度で11回目の引越しとなる。よって・・・・

遡ると、生まれた家からすると、15回?!?

そして、国はイギリスー日本ーヨーロッパ各地と5カ国目である。まさか、自分がこんな人生を送るとは夢にも思わなかった。

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スーツケース3つを抱えて、ボストンからアムステルダムに引っ越す時の、最後のボストンの夕焼け。
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きっと、音楽をしていなかったら、最後の3カ国に住む理由は無かった。

そして、日本に戻ってピアノを始めなければ、音楽にも出会っていないで、今頃イギリスで、OLをしていたかもしれない。

と考えると、人生は本当に興味深い。しかし、偶然に見えても、全て必然的なことなのではないかと後から思ったりする。

アメリカに行った時、まさか自分がオランダに行くとも、フランスに行くとも思わなかったが、1つ1つにも出会いがあり、そしてそれが、その時の自分にとって、最高の場所であった気がする。

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運河の多い、アムステルダム。

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フランスにも10年住みたがっていたが、実際にこの国に住み始めたときに、ここでは、身に付けられない、何か大事なものを、アメリカ、アムステルダムで吸収できて、良かったと思ったし、最後にフランスにたどり着いたのも、とても意味があると思う。

人間の常識は、その世間の大多数の人が考える基準を指すと思うが、飛行機にちょっと乗るだけで、日本ではいけないとされていることが、普通であったり、その逆もある。

だから、柔軟で吸収できる時期に、3カ国で違う価値観と文化に触れたことは、私の中で、何よりも宝だと思う。

この先、無一文になろうと、誰かに自分を偏って判断されても、今まで見てきた経験から学んだことが、いつも助けてくれるし、色々な見方で生きていっても良いということを、教えてもらった気がする。

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そして、何よりも日本人である自分と、日本の文化の中で育ったことを、とても貴重に思い、日本人で良かったなあと思う。また、それは日本を離れたからこそ、気がついたことだと思う。
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チェンバロの装飾は、昔から、1台1台違っています。
それは、チェンバロの1つ1つの鍵盤を、チェンバロ製作者が木で掘って仕上げ、全て手作りだからです。

17,18世紀は、それこそ素晴らしい絵画がヨーロッパ各地で繁栄した時期なので、それに伴い、チェンバロの装飾も移り変わっています。

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例えば、ルイ15世の時代になると、よくアンティークなどの家具で、猫足の様になっているものがありますが、これは、チェンバロの足にも使われていて、それにより、そのチェンバロが何年代に作られたか、判断する情報源にもなります。

よく、イギリスBBCチャンネルのアンティーク市の中で、家のお宝のお値段を鑑定してもらうコーナーや、日本のTVでもありますが、チェンバロや楽器も、昔の良いものを見ればみるほど、目が肥え、それぞれの製作者の特徴を学ぶと、響板にある残っている跡などから、多くのことが分かります。

そして、現代の製作者は、昔の名器を細かく勉強し、それを忠実にコピーした楽器を作ったり、自分なりに、アレンジして作ったりします。

しかし、たんすやテーブルとは違い、木を組み合わせ、1から作ったものに、最後に弦を張ることで、自分の思いとおりの音、もしくは意外な音質が生み出される瞬間は、醍醐味ではないでしょうか。

昔は、弦を弾く、爪のような部分は、鳥の羽の芯の部分を2ミリほどに薄く切ったものでした。

しかし、現在はプラスチックで代用されたものが多いのですが、やはり贅沢で手間がかかりますが、鳥の羽にすると、なんとも言えぬ、軽やかな、香るような音質が生まれます。

私も、現在ドイツ人のチェンバロ製作者に頼んで、待っている最中ですが、ほぼ本体は出来上がり、装飾をどうするか、考えています。



私のチェンバロのタイプは、この間のリサイタルのプログラムの表紙にも使用した、フランスとドイツ国境のコルマールという美術館に保存されている、フレミッシュ風(ベルギー、オランダ地方で話す、フレミッシュ語圏を指す)のルッカースという有名なチェンバロ製作者のコピーです。

このオリジナルのチェンバロは、とても有名なので、多くの製作者がこぞって、コピーしますが、やはりそれぞれの腕により、出る音は全然違います。

その為、私もアメリカでチェンバロを始め、アムステルダムに住んでいる間、ずっと、自分のタッチと欲しい音に合った楽器を探すのに、何年間も経ちましたが、やっと、自分の納得できる軽いタッチで、音がふわっと広がる楽器に出会い、注文しました。

車やピアノの様に、既にできているものをポンを次の日に家に届けてくれる分けでなく、1から作るわけですから、普通は、注文して、1-5年待ちというのはよくあります。

人気のある制作家で1人で全て作り、年に2台しか作らない場合は、18年待ちという例もあるくらいです!

ので、気長に待つのですが、自分の楽器でコンサートができるのは、まだ少し先になりそうです。そして、素敵な音の楽器になると良いのですが。
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今日は、8月に南仏でお会いした、ベテランのチェンバロ製作者、クロード・メルスィエのアトリエへ行ってきた。

クロードは、78歳のチェンバロの巨匠、ユゲット・ドレイフュスと40年もともに仕事をし、歴史的チェンバリスト、ワンダ・ランドスフスカの楽器も作った、生き字引のような貴重な製作者である。

また、世界で6台しか現存しない、300年前の楽器製作者、ヘムシュの楽器のうち4台は、このクロードが発見し、必要な部分だけを修復して博物館やコレクターに売ったという貴重な証人でもある。

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サン・ジェルマン教会裏とルーブル美術館の間の端から、ノートルダム寺院の方向へパチリ!

彼は、サン・ジェルマン・デ・プレ教会から徒歩5分のセーヌ川寄りの閑静な住宅街にアトリエを構えている。

洒落たアンティーク屋さんや、画廊の並ぶ中に、17世紀、18世紀の楽器である、チェンバロがショーウインドーから見える。

ここは、中国の17世紀のアンティークのお皿を展示していた。当時、ヨーロッパでは、エクゾチックなシノワズリ(Chinoiserie=中国趣味)が大流行していた。>
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はるか彼方の東洋の美術品を所有するというのは、富の象徴でもあり、ヴェルサイユ宮殿でも、1室全て、シノワズリの食器の部屋があるほどだ。

また、チェンバロの装飾の中にも、シノワズリの朱色に中国風の模様が描かれているものも、少なくない。

日本の伊万里焼きなども、大変好まれ、後にセーブル焼きなどが模倣しているが、東洋の繊細さには、適っていない。

クロードのアトリエでは、彼が大事に保管している、アンティークチェンバロを見せてくれた。ケースの外側、そして内側、また弦の張ってある響板にも素晴らしい絵が描かれている。

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これは、1620年ごろにイタリアで作られた、本物のケースに中身をクロードが作ったもの。A beautiful original Italian harpsichord case built around 1620 and Claude-Merthier made the harpsichord inside.

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また、ニコラス・デュモンというフランス人が1704年に作ったフランスモデルのチェンバロ。これは、1780年頃に、鍵盤を足したり、多少、手が加えられたが、それ以来、全てそのままの状態で残っている。/ French double manual harpsichord built by Nicholas Dumont around 1704.Another person added keys(ravalement) later around 1780.The same person also changed the original harpsichord by Blanchet which is at the house of Huguette Dreyfus.

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また、ユゲット・ドレイフュスもアンティークチェンバロを自宅に所有しているが、彼女のチェンバロも、1780年頃に、同じ人物によって、手が加えられているという。

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この様な、生きたチェンバロ、つまり17世紀、18世紀に作られてから、誰の手も加えられていない楽器は、歴史的にも大切な資料として大事に保管されている。the sound board of the french double in 1704

そして、現代のチェンバロ製作者に多大なる情報を与え、コピー楽器を作る上で、重要な資料となる。

こうした楽器が、ふとしたアトリエにあるのも、歴史が続いているパリならではと感じる。

きっと、それは、東京で江戸時代からある、お琴や三味線に出会うのと同じ感じではないかと思う。
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