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皆様こんにちは。
どんな週末をお過ごしでしょうか。

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イギリス・コブコレクションのルッカースチェンバロのあるお部屋

先日、楽器店で見つけたスコット・ロスのイタリア協奏曲G.レオンハルトのバッハ:パルティータ全集クリストフ・ルセのバッハ:ゴルトベルク変奏曲をこの数日聞いていますが、面白いですね。

この3人のチェンバリストは、ヨーロッパに現存するアンティークチェンバロでコンサート&録音しているベテラン中のベテランですね。

私たちの知らない、聞いたことのないオリジナルチェンバロの【音色】も同時に聞けるというのが大きな魅力です。

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エジンバラの街並み

歴史的な古いアンティークのチェンバロの事は、よく【オリジナル】と言います。
それは、300年前に制作された名器はみんな【オリジナル】に対し、後世の今は、できるだけその名器に近ずこうと【コピー】楽器を作る事から、元のモデルという意味でそう言われているのかもしれません。

フランス語では、よく
【Le clavecin originel=オリジナルチェンバロ】
【Le clavecin historique=歴史的チェンバロ】

とも言われます。

パリの楽器博物館【le musee de la cite de la musique】は、世界的にも有名なチェンバロ・フォルテピアノを含むコレクションがあり、毎年のようにG.レオンハルトやクリストフ・ルセにより、オリジナルチェンバロを使用したコンサートが開催されていますが、300年前の楽器で300年前の音楽を再現して実際に聞けるというのは、本当に贅沢な事ですね。

まだまだ、演奏できる歴史的なチェンバロを個人のコレクションでお持ちの方達はフランスやドイツ、イタリアに沢山いらっしゃる様ですが、勿論個人的にコンタクトを取ることができなければ、博物館以外は難しいですね。

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エジンバラ大学楽器博物館

2010年7月に、イギリスの楽器博物館やコレクション巡りをした際には、運良く3日間で3か所を回るという、大変効率の良いスケジュールで日程が組むことが出来ました。ご興味のある方は、このブログでも写真入りでご紹介させて頂いております。

この時、オフィシャルのWebサイトに載っているメールで見学をさせて下さいと連絡をしたのですが、3か所とも快く受け入れてくれ、駅まで迎えに来て頂いたり、博物館の休館日に一日中弾かせて頂いたり、親切にして頂き、もっと敷居が高いと思っていただけに、大変驚きました。

こちらよりどうぞ。

1日目:パリーエジンバラへ2時間ほどで飛び、翌日、St-Cecilia Hallにあるエジンバラ大学の楽器博物館へ。100種類以上のチェンバロとフォルテピアノがありました。

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フィンチコックスのチェンバロの間

2日目:エジンバラーロンドンへ1時間ほどで飛び、ロンドン郊外のフィンチコックス・コレクション(Mozart-リストの時代まで名だたるフォルテピアノがあります)

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3日目:ロンドンーロンドン南西にあるコブコレクションというNational Trust財団が管理している博物館。

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プレイエル 1846年・ショパンが所蔵していたと数年前に発見されて話題になりました。
Ignace Pleyel 1846, owned by Chopin.

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グラーフ 1836年・作曲家グスタフ・マーラー所有のピアノを死後、孫のマリアナによって寄付された。修復していないのでハンマーや弦も全てそのまま当時のオリジナルの状態で残っている貴重な楽器です。

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アンドレアス・ルッカース1636年/ヘムシュ 

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昨年度、私がゴルトベルク変奏曲を録音させて頂いたスイス・ノイシャテル博物館にあるチェンバロは、同じアンドレアス・ルッカース1632年ですが、こちらのコブスコレクションにあるのは、へムシュ(Henri Hemsch)というドイツ人でパリへ来てフランス人に国籍を変えた、名製作者によりラヴァルモン(18世紀にフレミッシュの名器ルッカースをフランス人の趣味に装飾、また音域をさらに広くする大改造)が行われたものです。

スイスのラヴァルモンはブロンシェによって手を加えられたという仮定がありますが、実際にサインなどは残されていなく、当時パリで活躍した名製作者によりものとされています。

それにしても、2年前に訪れたこの素晴らしい緑の装飾のルッカースも、記憶の中で・・・やはりかけがえのない貴重な体験でした。

でも、やはり【音】というのは香りと同じでどうしても記憶の中で薄れてしまいます。
音色やタッチは、いずれも目に見えないもので、その中で楽器に触れた時に時分がどのように感じるか、その【感覚】だけが残っています。

だからこそ、また弾いてみたい、聞いてみたい・・・という魅力があるのでしょう。
私も、またイギリスへ行く機会にコブスコレクションを訪れてみたいです。

とても素敵な女性の館長さんが案内して下さいましたが、実際にこの博物館の楽器で多くのコンサートが行われているようです。

まさに古楽器でその当時の音楽を聴くというのは、まるでタイムスリップをした様な、至福の喜びの時間ですが、現代においては、なかなか体験することのできない貴重なことかもしれません。

これからも、機会のある際にそんなひっそりと眠っている300年前の長老に会いに行く様な体験・・・

をしたいと思っています。

日本にも、法隆寺や伝統文化など【古い物を大切にする】精神が多く残っているので、日本の素晴らしさにも目を向けて行きたいと思います。

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音楽留学のサポートをしているアンド・ヴィジョンのWebサイトにインタビュー記事が掲載されました。

詳細はこちらよりご覧ください。
偶然、高校・大学の同級生やパリのお友達などのインタビューも掲載されていて、各楽器、色々な国でどの様に音楽をしているのか、興味深いです。

ボストンへピアノ留学2年の予定が、知らぬ間にチェンバロに転科したことかあら、ボストン(5年)ーアムステルダム(2年)フランス(6年)と大いに道がそれました・・・

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2年間通ったアムステルダム音楽院。今は、新校舎へ移転し、この校舎は使われていません。ゴッホ美術館とコンセルトヘボーののすぐ横という文化的な立地でした。

そんな経緯とエピソードが紹介されています。

記事内容:- チェンバロに初めて触られたのは?

- 最初ご留学されたのがアメリカなのはなぜだったのでしょう?

- アムステルダムではどうやって師事する先生を見つけられたのですか?

- フランス仕事を得るきっかけはあったのでしょうか?

- 今後の音楽的な夢は?
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フランスはマイナス20度まで下がる寒波が襲ったようで、日本も例年に比べて寒いと言っていますが、比べ物になりませんね。

ボストンは北海道と同じ緯度だったので、毎年の様にマイナス15度位まで下がり、最後の年は70ぶりだったか?!の【雪嵐=snow storm】が来て、1日中降り続けた末、何と車の屋根まで積雪し、みんな車を出せなくて大変そうでした。

不運にもその日にボストン大学でのリサイタルがあったのですが、ニュースでは学校、郵便局などの公共施設も次々に閉鎖。運転すると違反のチケットを切られるという中、本当に親愛なる友達30名が雪の中を【泳いで】という表現がふさわしかったようですが、来てくれました。

ボストンでは、ミシュランのタイヤの絵=全身寝袋みたいなダウンコートをみんな着たり、銀行強盗か?!と思わせる黒い覆面(目、鼻、口のみ穴が開いている)を普通にかぶってチェロを担いでいる友達など、完全防備でしたね。
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昨夜は、アムステルダムで同時期に勉強していた友達のバロック・アンサンブル Ricreation d'Arcadia のコンサートを聞きに、東京文化会館へ行きました。前回にこのホールに足を運んだのは、4月のレオンハルトのコンサートだったな・・・と思いだしました。

もうあの演奏が聴けないというのは、寂しいですね。
ちょうど、83歳の誕生日の日にコンサートだったようです。

昨日は、アムステルダム音楽院で弾いていた友達がその後イタリアへ拠点を移し、目覚ましい活躍をしていますが、オルガン、ヴァイオリン2台、チェロ1台でMozartの教会ミサを多数演奏し、本当に技術だけでなく、音の透明感やスタイルなども素晴らしかったです。
1人1人が素晴らしい演奏家であるだけでなく、4人の音色が調和するのが素晴らしいですね。

アルカデイアのファンの1人として、今後がとても楽しみです。
チェンバロの渡邊君も、私と同様にバッハのゴルトベルク変奏曲を録音したばかりで、パリで会った時は、渡邊君は無事に日本で録音終了後、そして私は録音直前で、色々な話で持ち切りで、今回の再会でも編集の積もる話・・・で沢山でした。

今日からはルクレールのトリオソナタなどの録音が3日間行われるという事で、多忙スケジュールの中、4人が集まり素晴らしいコンサートを続けていて、今後がますます楽しみなグループだと思います。

皆様も機会があれば是非コンサートへ行ってみて下さい。素晴らしいです!
バロック・アンサンブル Ricreation d'Arcadiaのブログはこちらからどうぞ。

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Myチェンバロノ蓋の内側のお花ブーケ

コンサート後に一杯飲みに行ったお店に入ってびっくり!

Oto-oto

こでは、サンジェルマンにあるよく行っていた日本食レストランで、日本に本店があると知らずにパリで見つけたのですが、昨日の行った上野のお店がその音ー音というレストランでした。
パリのotootoはこちらから。ルセやラファエルも行って美味しいと言っています。

みんな音楽家は良い音楽も美味しい物も大好き(Gourmand/食いしん坊)なのは、世界共通でしょうか!?
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皆様こんばんは。
東京は、どんよりの曇りが1週間ほど続くようで、まるでパリ!っと思うのは私でしょうか。
そのパリはどうやら快晴の気持ち良い青空が広がっているようで、友達からいいお天気よ~とメールに書いてありました。

さて、はて。
前2回ほど2月の本帰国についた書きましたが、何と思わぬ展開・・・
6月末~11月末まで5か月間またパリへ行くことになりました。

大変な思いをして、チェンバロ&11箱&2個のスーツケースで本帰国したばかりなのに、
またもや逆戻り?

気がつけばもう5月末。パリへ行くまで3週間余り。
逆に今はパリへ行く前に日本ですべきこと、年金の支払いや持っていくもの(夏物のサンダル&秋のブーツ&コート?)みたいな・・・

季節が変わるので荷物が倍ですね。それに楽譜!
あらかじめ、早めに半年分の楽譜をコピーしてファイルにでもしておいた方が賢明でしょうか。
楽譜は結構な重さになりますね。

人生いろいろ。
本当に分からないです。

ということで、この1年余りいつ本帰国をしようか・・・と色々考えた末に実際に帰国したのですが、やはり東京育ちなのでほのぼのとした井の頭線に乗ったり、しばらく行っていない駅で降りるとこんな駅ビルが!みたいな。まさに工事中をスキップしていきなりすごい綺麗な駅に変身していたり、まるで浦島花子の気分。

特に、過去12年銀行などの手続きは、アメリカ、オランダ、フランスの異なる国の3種3様の違うシステムで常に理解しきれない外国語のなかで、何となくこういうこと?みたいな非常にアバウトな感覚でどうにか生きてきました。

それに比べてこの数か月、日本で振込みなどするにもよく分からない!
そして、”通帳 と印鑑”があるのは日本だけ?の気がします。
とっても便利だけれどよく忘れる。

外国の銀行では常に身分証明書のパスポートとサインが一番大事で、通帳も印鑑もないわけです。
なので、泥棒などに真似されないようにあえてサインは漢字にしたりしていました。

さて、はて。
結局、日本の本帰国は知らぬ間に”プチ帰国”になってしまいました。

が!

毎日、こうして美味しい日本食を食べれる&安心して自分の言葉の通じる国に住んでいるというのは、精神的にとてもほっとしますね。今までの外国での無意識に緊張しながら生きていた糸はピント常に張っていたのですが、この数か月は緩んでも大丈夫、スリもいないし怪しい人もいない!みたいな。(笑)

人間、こんなに生きる環境によって安心感が違うものか・・・なんて思います。
そして、当たり前ですが5歳から音楽教室で一緒だった同級生や、彼女のキュートな赤ちゃんに会ったり、何だか”ほのぼの”な気分になるわけです。

ということで、精神的にも健康の面でも良い状態なのではないかと思います。

最近凝っているのは、玄米食(おばあちゃんみたいな食事してます!)
梅干し、おからやゴマ豆腐、今日はかき揚げを作ってみました。そしてよく噛む!

知っている方で50回噛むと内臓にも優しく、健康に良いというので実践しています。いつも50回噛めるわけではないのですが、結構真面目に食べるようになりますね。(笑)
始めは顎が疲れますが、確かに普段まるで呑み込むように食べていなと気が付きました。

その方は、何と2か月で23キロもやせたそうで、私も10年間体重計の針は動かなかったのですが気がついたら3週間で4キロ減っていました。今は、その4キロー2キロ減をさまよっています。(笑)

あとパリを離れて何が恋しいって?
パンです、パン!

あの、かりかりっとした、フルーツぎっしりのパンが~~~食べたい!!
焼きたてのバゲットが~~~!!

ということで、帰国してすぐパン焼き器が我が家に来たので、かなりの色々なパンを焼いてみましたね。20種類以上のパンに挑戦したでしょうか。

3回失敗したのは、おから&豆乳パン!これはボロボロのおからのまま焼いて固まった!?感じで謎の物体になってました・・・・

もう1つは、トマト&バジルパン。これは、残っていたパスタソースを入れてしまえ!と庭で取れたイタリアンパセリと混ぜてパンに。水加減が謎ですごく固いパンになってしまい、どうやって食べるのって?いう感じに。

結果、解決策としてパリの寒い冬によく食べるオニオンスープ(バゲットをスープに入れてとろけるチーズがかかっている)を作ったら大丈夫でした。

もう1つは、初めて作った時に”米粉”でパンを作ったら、お餅!みたいに相当固かったですね。
食べれませんでした。

ということで、色々試して辿り着いたお気に入りは、北海道の小麦粉&オーガニックのくるみ&オレンジピール&レーズンを混ぜた具たっぷりのパンです。かなり美味しいです。

日本の本のレシピにある具(フルーツ)の3倍入れます!それでやっとパリのフルーツパンと同じ感じかなという感じです。

さて、こんなにパンにはまるとは全く思わなかったのですが、きっと今度パリへ行くときは玄米食&お豆腐&おからなんか食べたい~~とはまってそうです。

取りあえず、美味しいパンと玄米があればどこでも生きていける?かと思います。
この12年間アパート暮らしだったので、東京へ戻り雑草が生えている10坪の土地を耕し、野菜つくりを始めました。

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Myプチガーデン。奥からきゅうり、トマト、なす、ピーマン(緑&赤)、レタス、しそ、パセリにブロッコリー!!

すっかり農民です!(笑)
13年前にアメリカへ行く前も200個チューリップやユリの球根を植えてオランダみたいにしたい~~っとイギリスのガーデニングのTV番組などちょうどブームでやっていたので、色々研究したり、相当凝りましたね。

ということで、またもや自然に触れたい熱になり、野菜つくり&チェンバロ&パン作りの日々です。

こうして好きなことができるというのは、本当に幸せなことだと思います。

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青いトマト、成長中。来週くらいには食べれるでしょうか?!

日は、最近始めたダングルベールのSol-Majeurの曲を出版されている現代譜と1689年にパリで出版された当時の自筆譜と見比べながら、自筆譜を見て練習し始めました。

楽章や同じ楽章の中でも右手はソプラノ記号で左手はテノール記号で、突然ト音記号になったり・・・と変わるので右手は3度低く、左手は3度高く読んだり慣れないとこんがらがるのですが、当時の人たちは器用に読んでいたものだなと思います。

自筆譜を使う一番の理由は、やはり現代の出版譜では読み取れない微妙な音と音の距離や装飾音の記号など、できるだけ作曲家の意志に近ずく為です。

ということで、慣れない自筆譜を見ながらずっと練習していたら、変に手に力が入っていたのか指が痛くなり、もっと脱力して弾かなきゃな~と反省。

そして、気分転換に只今ボサノバ Gilbeto GILのギター&歌を聞きながら、フルーツ&ヨーグルトケーキを焼いています。(笑)

やっぱり食かい?って。
どんな感じに焼けるでしょうかね。小麦粉、砂糖一切入っていないヘルシーケーキです。明日の朝ごはんに!
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”コンサートで弾く曲がもし間違っていたら・・・・”
という音楽家には誰でも、どこでも一生に1回はありそうな間違い・・・

それが、本番のコンサート中にもし発覚したら?!
という嘘みたいな本当のエピソードがYoutubeになっているよと友達が教えてくれた。

早速見てみると・・・
本当だ!有名なピアニスト、Maria Joao Piresが真っ青・・・

どうやら、オーケストラが始まったら自分は全然違うコンチェルトを用意していた・・・と気がついたらしい。
でも、アムステルダムのコンセルトへボーという世界の名だたる舞台のランチタイムコンサートで満員・・・

ということで、彼女は指揮者に
”だって手帳には違う曲が書いてあったのも・・・”と困った顔で言っている。

指揮者のリッカルド・シャイーは”それは、去年のスケジュールでしょ”と言い、続けて全くひるまず、
“絶対に弾けるはず”なんて言って説得しながら振っている。

ということで、3~4分のオーケストラの前奏のうちに彼女は頭をくるくるとシフトさせ、オケが弾き始めた別のd-mollのmozartのピアノコンチェルトを弾き始めるのですが、出だしからその音が美しい!

これぞプロ!って言う感じですね。
最後までノーミスだったとシャイーがインタビューで言っていますが、ここまでの土壇場のハプニングはさすがに乗り越えられるのはプロ中のプロだと思います。

ピリス ブラビッシモ~~~!と思いましたね。皆さんもお楽しみください。始めm40秒リッカルドのインタビュー語に始まります。そのYOUTUBEはここからどうぞ。
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オランダに住んでいた時、この季節になるとマタイ受難曲の10回コンサートツアーとか、オランダ中で受難曲が演奏されます。パッション(Passion)の季節がまた来たかな・・・と言う感じです。

オランダは今でもプロテスタントの多い国で質素な生活ぶりからも宗教が強く影響しているのを感じます。暗くなって部屋の中を明るくして外から丸見えでもオランダは“見えっぱなし”です。

日本やフランスだとプライベートを見せるのは好みませんからカーテンや雨戸を閉めますね。
しかし、オランダの開けっ放しの習慣はどうやらプロテスタントの“私達はやましいこをは何もしていません。神様に見せても恥ずかしくないです”という様な思想からオープンなままなんだと聞きました。なるほど。

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お薦めCD.アーノンクール指揮:ウィーン・コンツェツトゥス・ムジクス,アルノルト・シェーンベルク合唱団,ウィーン少年合唱団,

4年前にアムステルダムからパリに引っ越してくると、あれだけ受難曲のコンサートがあったのに、ぱったりとない訳です。そして、その代わりにフレンチバロックの作曲家、シャルパンティエ(Charpentier)などの教会音楽が多く演奏され、受難曲はベルギーやオランダ、ドイツのオーケストラがパリに来て演奏したりしています。

私は特に宗教にはこだわりがない為、お恥ずかしいですが聖書を読んだり詳しい訳でもないのですが、国によってこんなに宗教色は音楽とも密接に関わっているのか…と感じますね。

それこそ、アメリカに居た時は受難曲の季節?なんていうのも全く意識せずにポテトチップスを食べていたような気がします。(苦笑)でも、勿論N.Yなどバロックの盛んな都市ではコンサートが行われているようです。

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リュートを弾いているSt-Cecilia

ということで、今日何となくバッハのマタイ受難曲を聞いていたのですが、何と言うか心を打たれますね。
1曲1曲、どの楽器の為にバッハが書き、どの調性を選んでいるのか、全て意味があるようです。これも勉強不足で全てのことをまだ理解していないのですが、例えばf-moll(ヘ短調)で書かれているアリアは“死”を象徴し、そこで美しいメロデイーを奏でる楽器は当時悲しみを象徴する楽器であった、トランぺットがキリストの復活を高らかに知らせるなど・・・

余談ですが15世紀くらいからずっとオルガンは天の声を地に降ろすことのできる、“神聖な楽器”として象徴されていた為、音楽の神様、St-Ceciliaはいつもオルガンやリュートを手に持って描かれていました。
リュートなどは調和=ハーモニーを象徴していたようです。

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イタリア、ボローニャにある素晴らしいSt-Ceciliaの天を見あげた絵。地上にはその他の楽器がばらばらに壊れています。他の楽器は世俗的な象徴でした

それらを勿論バッハは熟知した上でこの壮大な受難曲を作った分けです。その知識、どこまで深く考慮して作曲したか、私はまだ一握りも分かっていないかもしれませんが、それでも音楽の訴えるものというのは強く伝わってきます。

ドイツ語は高校3年間で挫折したままなのですが、それでもやはりバッハのカンタータ等も含め、言語で理解できたらもっと深く音楽も感じ取れると思います。やはり言語の習得というのは音楽とも深く関わっていますね。

ヨーロッパの文化と言語の習得はまだまだですね!
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ひょんなことから、友達とシャンパーニュ地方で6月にバッハのフルートソナタ6曲のコンサートをやろう!ということになりました。

このフランス人の友達は10歳からフルートをやっているのですが、根っからの音楽好きでビジネスマンからパリのオペラ座に転職してしまったりしたくらいです!

この間思い切って会社を辞めて、退職金をもらって12月にはアルゼンチンにPolo(馬に乗ってボールを打つスポーツ)をしに1カ月行ったり、来週からは新しいビジネスの可能性も含めて1カ月インドやシンガポールへ行くようです。

今は彼もサラリーマンだった頃よりも時間があるので、1月の私のコンサートに来てくれてその後一緒にバッハでも弾こうかということになりました。

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去年、その友達が6月にシャンパーニュ地方でコンサートをして、レセプションでは素晴らしいシャンパーニュが出され、優雅な週末を過ごしたようで、今年も同じオーガナイザーの元でやろうかということになりました。
幸いチェンバロをオーガナイザーが持っているということで、楽器の運搬などもなく問題なさそうです。

そのオーガナイザーも、アマチュアだけどフルートやピアノも弾いてなぜかチェンバロを持っているそうです。フランスの文化や芸術愛好家のつながりというのは、何とも優雅な世界で暮らしている人達が多いです。

それだけ文化の大切さを重んじ、なおかつ生きがいとしている人達が多いからこそ今まで継続しているのでしょうね。
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それとは、別にこの間パリのサンジェルマンとセーヌ川の間にある素敵な1902年から始まっているというアールヌーボー調のインテリアのカフェでランチを食べました。

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Entrée(オントレ、前菜)にみんなでシェアするのに丁度良いかとハムの盛り合わせを頼みましたが5人で調度良いくらいのボリュームでエシレのバターと共に、パンにつけておいしかったです。

ということで、6月はバッハとシャンパーニュのコンサート・・・
バッハがシャンパンを飲んだかは謎ですが・・・お酒は飲んだのではないでしょうかね。
真面目だけれど、なかなかウイットに富んでいる人だったと思います。

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今は4月24日と28日に東京で企画しているバッハの大曲:ゴールドベルグ変奏曲の準備をしていますが、30個のヴァリエーションは次から次へと異なるアイデアが溢れ、玉手箱のようです。

バッハの想像力、作曲の力というのは限界を知らないというか、とてもシンプルな1つのアリアから30個の様々な変奏曲を書きその才能と言ったら・・・計り知れないです。

バッハの作品をどの曲もただただ頭が下がるばかり・・・ですね。
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この数日間再び雪がちらつく寒さでしたが、今日は1週間ぶりくらいに快晴です!とても気持ちが良いお天気です。

今のピアノにたどり着くまでにクラヴィコード、チェンバロ、フォルテピアノ、オルガン・・・といくつもの鍵盤楽器が発展して500年ほどの歳月がかかりました。

100人居れば100つ個性があるように、タッチも1つ1つの楽器は職人さんが丁寧に音を聞きながら仕上げているから違います。初めて弾く楽器はまるで知らない人と出会ってお話しているような感覚です。ですから、自分の中で何となくその楽器の性格や特徴が分かるまで少し時間がかかります。

多少、それぞれの楽器の奏法というのはありますが、目の前にある楽器に一番適した楽器の音を弾き出すには最終的には“聞く耳”しかないと思います。自分の耳が研ぎ澄まされていれば、自然にタッチが柔らかくなったり、指先だけしか必要なかったり、腕も使ったり変化し、楽器の良さを引き出せます。

しかし、エゴイストのようにただ自分がこう弾きたい~~!と、何も楽器から返ってくる音を聞かなければ、一人よがりの演奏で、はたから見ていると“楽器が可哀そう・・・”ということになりかねないです。一方的に私はこうだ~~~と他人に話しているようなものかも知れません。

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やはり赤ちゃんには赤ちゃんへの、活発な感じの人とはそれだけのエネルギーを、また内面性を秘めている人とのコミュニケーションはまた違うように楽器との接し方も違う訳です。

特に昔のオリジナルの楽器は200年、300年経っていて個性や癖、数百年経って変化した”木”から感じられる風合いの音がありますし、とてもデリケートですから、叩きすぎると壊れる可能性もあります。

また、面白いのは同じ楽器でも実際にコンサート会場で弾いたり聞いたりして初めて分かり真価というのもあります。

実際、私のチェンバロも1年間家でしか聞いていませんでしたが、先日初めて家から持ち出してコンサートで使用して音の質や性格など初めて客観的に見れました。意外とMasculinな男性的な低音が太めなキャラクターだと分かりました。また、弾き続けて馴染んでいくと柔らかさも出て来ると思いますが、それも自分で“育てて”いかないといけません。

新しい楽器はまだ木が変化し続けている為、湿度などできるだけ管理して極度の乾燥などあると数年後には響板に亀裂が入って割れてしまう事もあるのでまるで赤ちゃんのように気をつけてあげないといけません。
私はいつも運ぶには大きくて一苦労なのにデリケートなので(Grand bebe)大きな赤ちゃんと言っていますが、みんな本当にそうだと運搬屋さんもうなずいています。

この間ピアノとチェロの友達と話したら、みんな勝手に好きな名前をつけているようです。かなり受けましたが、勝手にジョージとか名前を付けているようです。(苦笑)でも愛着が湧いていいですね。
犬や猫にも名前がある訳ですから。
でも、私は特に具体的な名前を思い浮かびませんが、3年間待ち続けた楽器が自分の部屋にあるというのは、かけがえのない幸せを感じます。

そして、鍵盤のキー1つ1つにしても、装飾画にしても職人さんの手で1つ1つ大事に仕上げられ世界に1つしかない訳ですから、感謝ですね。

次は5月のブランデンブルグ協奏曲全曲演奏会の時に再び持ち出します。はらはらしますが、やはりコンサートで慣れ親しんだ楽器で演奏できるというのは安心感が違います。
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7月にブルターニュ地方(パリより北西でモネの愛したエトルタ島やモン・サンミッシェルがある)で小さな音楽祭があります。
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モネはブルターニュのBelle Ile(美しい島の意味)に10週間も滞在して絵を描いたそうです。

これは、ブルターニュ出身の音楽家が集まって何かをやろう!ということで昨年度より始められ、大盛況だったようです。

以前にお城のコンサートなどでご一緒したヴィオラ奏者の方より、是非また一緒に演奏しましょうということで準備が始まりました。

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モネ 1883年エトルタ島
5,6人のメンバーはバロックオーケストラで弾いてたり、普段はベルギーに住んでいるフランス人だったり、それぞれですが、大変光栄なことに若手チェンバリストとして活躍しているベンジャマン・アラールさんと共演させて頂くことになりました。彼は18歳の若さでバロック音楽の登竜門であるブルージュ国際コンクールで、満場一致で1人になり、その後活躍しているオルガにスト・チェンバリストです。

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ブルターニュの郷土料理としてクレープとリンゴ酒(シュゼット)が有名ですが、日本の神楽坂にフランス人の経営する本場フランスから取り寄せたそば粉のクレープ屋さんがあるようです。カフェ・ル・ブルターニュの詳細はこちら。

彼と一緒に演奏するコンチェルトはJ.S バッハの次男であるカール・フィリップ・エマニュエル バッハでのチェンバロとフォルテピアノの為のコンチェルトです。彼は、才能を高く評価され、プロイセン公国のフルートを演奏するフリードリッヒ大王のお気に入り宮廷作曲家として多くの名曲を残しました。

ちょうどバッハ(お父さん)のチェンバロが栄えた時代から次男のC.P.Eバッハの活躍し始めた時代は初めてピアノが開発され、鍵盤楽器の移行期でした。C.P.Eバッハの住んでいた宮殿にはいくつものチェンバロ、ピアノがあったようですから、最新の鍵盤楽器をいち早く発掘して作曲していたようです。

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J.S BachとC.P.E.Bachの絵。ちょっと怖い気もしますが・・・
なかなかチェンバロの音質とフォルテピアノの音質のコンビネーションとは稀ですが、演奏する機会も少ないので楽しみです。

また、それ以外にも何かフォルテピアノでコンチェルトを弾いてみては?という案が顔合わせのデイナーの時に出ました。予想外でしたが、モーツァルトか何かをやってみては?という意見も。

なるほど。

最近モーツァルトのコンチェルトからは遠いレパ―トリ―に親しんでいた為、数週間何となく自分の頭の隅において時間が経ってしまいました。

でも、気がつくとそのコンサートは7月始めで7月末にはチェンバロでバッハのブランデンブルグ協奏曲の大きなソロパート(コンチェルトほどの大曲)の本番もあり、これは早めに準備をしないと大変なことになるのでは?とやっと気がつきました。

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1798年ウイーン式フォルテピアノ
そこで、昔・・・といっても、もう15年くらい前?になるでしょうか、やったモーツァルトのコンチェルトをちょっと弾いてみると、馴染みのある懐かしい響きと共に、やはり新鮮さもあり、せっかくならやろう。と思った所です。

なかなかコンチェルトは1人で弾く訳でない為、十分な準備、本当に手に入ってないと他人に迷惑がかかります。テンポが遅くなったり、オーケストラのパートを分かっていないとコミュニケーションもスムースに行きません。

ということで、今は4月の東京公演の用意と練習にやっと集中・・・と思いきや、同時進行で東京から戻ってからのピアノのコンチェルトも用意しないと間に合わないらしい・・・・

と小さな頭の中で気がついたしだい。

でも、超多忙な音楽家達は1週間で違うプログラムを旅をしながら、軽々と演奏してしまうでしょうし、いつでも何でもこい!くらいに、何でも手に入っているのがベストでしょうか。

まだまだですね。でも、自分への小さな挑戦として1歩ずつ進んでいきたいと思います。そうすれば、今まで不可能と思って居たことも気がついたらできていた・・・という風に許容範囲が広がっていくのだと思います。

本当にいつも友人のピアニスト達を見ても心から尊敬してしまいます。ピアノは肉体的にも消耗しますし、とにかくレパートリーが広い!バッハ、クラシック、ロマン派、そして近現代まで膨大なレパートリーを常にこなしていくわけです。

チェンバロの栄えたバロック音楽は大体1650年ー1750年の間くらいに限定され、イタリア、ドイツ、フランスのそれぞれのスタイルの違いなど装飾音や伴奏法でも詳細を知ることがとても重要視されます。

その為、演奏のみでなく学術的な研究心の多い”おたく”な人がとても多いです。でも、2010年に生きている訳ですから1700年の音楽を本当に理解する為にはその時代の教則本や装飾の仕方、スタイル、趣味、どんな劇や文学が好まれていなのか、思想、宗教…など文化的背景を知ることが大変重要となります。

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ピアノを弾いていた時はあまり作曲家のことなどについて本も読みませんでしたが、真面目な友達はきちんと読んでいましたね。(苦笑)私はモーツアルトは本当に生きていたの?というくらい実感が湧かないわかないまま指だけ勝手に動いていました。

大学生の時に初めてウイーンに行ってモーツァルト博物館になっている彼が実際に作曲した天井画など見て、この場所で彼が書いていたのか、また実際にコンサートが行われた舞台は本当に小さく、ある意味ショックを受けました。

天才のモーツァルトがこんな小さな所で弾いていたの?と。

今の2000人ほど収容できるコンサートホールの感覚からすると考えられない50人くらいのスペースだったでしょうか。でも、うっすらと壁に残るフレスコ画などが印象に残っています。今でも観光客向けの小さなコンサートが行われているようです。

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その小さな場所で演奏されていたのが、開発されたばかりのフォルテピアノだったわけです。別に2000人に対して演奏する訳でないので楽器の響板に鉄筋が入って大きな音が鳴らなくても良いのです。

きっと、当時の人の“耳”や、時間、そして距離感など現代人と全く違うのではないかと思います。
バッハ家も愛用していた“クラヴィコード”という小さなテーブルのような、弦を持ち上げて振動させる楽器もありましたが、それは、自分や2,3人の友人が楽器のすぐ横で耳をそばだてて聞かないと聞こえないほどの小さな音です。雨の音でもかき消されるような・・・という表現が昔の手紙に残っていたようです。

しかし、そんな繊細な楽器と向き合って居ると、本当に自分の指先、耳の感覚が研ぎ澄まされ、知らない間に自分の心と対話しているような・・・そんな感覚になります。
そして不思議なことにクラヴィコートを弾いた後に、それよりも音量の大きいチェンバロやフォルテピアノを弾くと、なぜか上手くなっている訳です。それは、”聞く耳”が研ぎ澄まされると色々な人の気持ちが理解できるようになるのと似ているでしょうか。

ですから、違う楽器を1つのコンサートなどで演奏する場合は、必ず小さい楽器から大きな楽器へと移動しないと、感覚がずれて大きな楽器で弾いて(例えば今のピアノ)その後にチェンバロを弾こうと思っても叩き過ぎてしまうのです。


17,18世紀はTVやインターネットもなければ、電話もない。お手紙も馬車で運ぶから数日~数週間かかったでしょう。
そして、月や蝋燭の光の中で、自然と共に生き、感じ、音楽という存在があったのではないでしょうか。実際バッハが晩年白内障に悩み目が悪かったのは、10代の頃に戸棚に大事にしまわれて自由に見る事の出来なかった他の作曲家の曲を見たくて、夜中に内緒で月の光のもとで写譜をし続けたことが大きな原因と言われています。

アムステルダムやウイーン、またパリも壁で街が囲われていた歴史的な都市は、今でも徒歩圏内で主要な場所に行けます。アムステルダムに住んでいた時は自転車で5分、15分(まあ遠い方)30分(遠い)という感覚で生活していました。本当に中世サイズなんですね。未だに王宮は街の中心で銀行、駅、郵便局、教会などが全て徒歩圏内にまとまっています。パリもセーヌ川両脇にほとんど主要の全ての建物が連立しています。

そうして見ると、やはり17世紀、18世紀に人々がどんな暮らしをしたのだろう・・・というのは、楽譜からだけでない、街の匂いや実際に歩いてみて実感することも作曲家を知る大きな手掛かりになります。

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1900年St-Gervais教会
パリのマレ地区にある教会では、素晴らしいチェンバロ作品を残したクープラン家がオルガにストとして勤めてましたが、今でもそのオルガンは毎週のミサで演奏され、教会では修道女と修道士が毎日祈りを捧げています。そんな雰囲気を垣間見るだけでも、クープランが生きていた頃の空気を感じれる気がします。

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今でもSt-Gervais教会はセーヌ川沿いにそびえています。
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私の大好きな歌手、ボビーマクファーレンの素晴らしい即興の歌を偶然Youtubeで見つけてから気がついたら時間を忘れて見入ってしまいました。

彼は20年ほど前に”Don`t worry be happy” (クリックすると聞けます)で爆発的なヒットをして有名になりましたが、それまでにこの曲は何百回、何千回と街角で歌っていたそうです。

アムステルダム音楽院に居た時に彼がコンサートでコンセルトへボーに指揮をしに来たついでに音楽院に来て生徒に2時間あまりの“夢のような”楽しいレクチャーコンサートをしてくれました。最後には
”誰か僕とブルースを歌いたい人!”と言ってオランダ人のJazz科の歌手の子が立ち上がり一緒に即興をしました。

その時に即興をするコツを同時に説明してくれたのですが、相手をよく聞くこと。そして、少しずつ相手のメロデイーに同調するように音を足していくと言っていました。

実際の観客との即興はこちら

ボストンでもボストン交響楽団が普段演奏しているシンフォニーホールにジーンズにTシャツに裸足(!!)で出てきて、椅子にちょこんと座って歌い始めました。10分後には1000人が一緒になり会場の観客も歌いすでに彼の世界に呑みこまれていました。

彼の会場を1つにしてしまうて様子
ライブコンサート彼のお父さんはクラシックのオペラ歌手ということで若い頃から歌のトレーニングなどは慣れ親しんでいたそうですが独自のリズム感や即興などは昔から慣れ親しんでいたようです。

何よりも印象的だったのは、学生からの質問で”Don`t worry be happy"の成功で何が変わりましたか?という答えに対して
家族と過ごす時間が2年間与えられたこと。家に戻っても子供の誕生日の写真にいつも自分の写真はツアーで居ない為なかった。と。

また、If everyone pray,there will no wars...(もし全ての人が祈る気持ちを持っていれば戦争はなくなる)とも言っていたそうです。

毎朝彼は今日生きれることを感謝して祈るそうです。彼の音楽を通じて、こんなに“音は楽しいんだ!”と再発見した人々は世界中に多く居ると思います。

ただ堅苦しく聞くちょっと高級に見えるような音楽でなく、こんなリラックスした人間らしい音楽は人種や年齢を問わず受け入れられますね。これからも素晴らしい即興のアイデアを伝えていって欲しいです。

本当に偉い人はこういう風に全然偉ぶらない、普通なんだろうと思います。音楽家としてここまでラフにステージで素のままの自分でいられていることほど凄いことはないと思います。

そういえば、学生たちに舞台での心掛けに、
you know,you are on the stage,and feel at home...just walking around...and you just start,right?
(ステージに上がったら家にいるようにリラックスして、歩いたりして馴染んで・・・で何となく始めてさ、ね?)と軽く流したらみんな、

Oh,right.Because you are Bobby!But it`s nothing special,everyone can do it!
”そりゃ~Bobbyだからそうできるさ~~!て思うでしょ?!でも別に特別なことでなくて即興は誰でもできるんだよ!”

と言って会場がどっと笑いました。
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